恐い いびき(イビキ、鼾)!
  睡眠時無呼吸症候群の治療現場から


 いびきは睡眠時の呼吸の異常を示すシグナルであるにも拘わらず、いままで医療か
ら見過ごされてきましたが、いびきが睡眠時無呼吸症候群の主症状として注目されて
以来、いびきの治療の需要が年々増加しています。私は,1989年より2000年7月ま
で新潟大学歯学部第1口腔外科で1000名以上の診断や治療を行ってきました。
2000年(平成12年)8月からは日本歯科大学新潟歯学部にいびきと睡眠時無呼吸
症候群を専門に診療する「いびき診療センター」が開設されたため、新潟大学から日
本歯科大に移りましたが、ここでも、およそ半年で350名の患者が来院され、対象
患者の多さに驚いております。

いびきと睡眠呼吸障害

 さて,睡眠呼吸障害とはいかなるものでしょう。いびきに伴う睡眠呼吸障害とは睡
眠時無呼吸症候群の様な睡眠中に頻回に呼吸が止まる疾患の総称で、本邦での有病率
はその内の睡眠時無呼吸症候群だけでも1.67%,すなわち200万人の患者がいると言
われております。この疾患は、睡眠中の呼吸停止の結果、低酸素や不整脈、ひいては
突然死を生じる恐ろしい疾患と考えられております。しかし最近では、診断や治療技
術が進歩して突然死に至るほど重症な患者が未治療で放置されることがなくなりまし
たので,恐怖の病というよりも「高血圧症、糖尿病、高脂血症、肥満」とならんで、
生活習慣病の中心疾患としてのニュアンスが強くなってきております。しかし、未だ
に医療に携わる人の中にはいびきを病気と認識していない人も多く、医療者側の知識
不足で適切な検査がなされないで見過ごされたり、不用意な眠剤の投与などの医療行
為によってむしろ増悪したりすることもあります。

睡眠障害

 いびきの常習者は、いびきによって呼吸が障害されて酸素が低下し苦しくて目が覚
める、目が覚めると呼吸ができるから再度眠る、そしてまた呼吸が障害されて目が覚
める、といったことを一晩中繰り返すため睡眠が分断され睡眠不足になります。目が
覚めるといっても実際は脳波上の事実で、よほどひどい窒息でない限り覚醒を自覚す
ることはありませんので、本人は自分が睡眠障害であることに気付かないことが多い
のですが、この様な睡眠不足は、チェルノブイリやスリーマイル島の原発事故やスペ
ースシャトルチャレンジャー号の事故などの大規模な人災につながったり、頻回の交
通事故、不登校、薬物依存などの社会問題の原因となり、個人の健康の問題以上に深
刻です。これを受けて、1996年より米国では「Wakeーup America」というキャン
ペーンを大々的に繰り広げて睡眠呼吸障害の危険性を各方面に啓蒙する努力をしてお
り、日本でも専門の研究会が中心となって同様のキャンペーンを1997年より開始
したところです。

その他の障害

 睡眠時無呼吸症候群では無呼吸、いびき,日中傾眠の他,注意力散漫,記憶力低下
仕事の能率低下、事故多発、イライラ・短気、起床時の頭痛、気分の変調、不安・鬱
状態、性欲減退、睡眠中の頻回の覚醒と排尿、昼間の幻覚,難聴などの症状を呈し、
肥満、高血圧、多血症、肺高血圧・肺性心、うっ血性心不全、虚血性心疾患、脳血管
障害、不整脈、呼吸不全、糖尿病、突然死、認識障害・精神障害といった合併症を引
き起こします。特に中高年では重篤な合併症を有している人が多く、合併症のために
手術ができなかったり、合併症の進行を防ぐために治療目標をより高い位置に定めな
ければならないことがあります。例えば、心筋梗塞を煩った人には必要な手術治療が
できなかったり、心筋梗塞の再発を防ぐため僅かな酸素の欠乏も許されず、通常より
も治療が難しくなる傾向があります。

乳幼児および小児期の障害

 乳幼児期に発症しますと、乳幼児突然死症候群で死亡したり低酸素に伴う重篤な後
遺症を残したり、漏斗胸やアデノイド顔貌のような醜形を生じます。小児期に発症し
ますと、慢性的な低酸素に伴う精神遅滞、成長ホルモン分泌障害に伴う低身長、肥満
抗利尿ホルモン分泌障害に伴う夜尿、日中の傾眠による学業怠慢、成績不良といった
様々な成長に関する問題が生じます。

気道閉塞の原因と歯科との関連

 閉塞型の睡眠呼吸障害の原因は気道狭窄と過剰軟口蓋です。気道狭窄は、小児期の
口蓋扁桃、肥満に伴う巨舌、口呼吸に伴う低位舌の他、上顎や下顎の成長障害による
口腔容積の減少や顎関節破壊に伴う下顎の後退などによって生じます。一方,過剰軟
口蓋は口蓋垂(のどちんこ)が狭窄した気道に吸い込まれることによって正常以上に
延びた状態ですが、延びた口蓋垂が睡眠呼吸障害をさらに増悪させるという悪循環を
形成します。歯科的な原因は枚挙にいとまがないのですが、実際に経験した症例から
検証しますと、原発性の巨舌、低位舌、過剰軟口蓋、無下顎症、小下顎症、上顎・下
顎後退症の他、症候性にはクルゾン症候群(上顎劣成長)、顎関節リウマチ(下顎後
退症)、甲状腺機能低下症(巨舌)、末端肥大症(巨舌)、神経筋疾患(低位舌、軟
口蓋機能不全)、ピエールロバン症候群(小下顎症)、口蓋形成術術後(過剰軟口蓋)
などがありました。

診断法

 過去の症例では、毎日いびきをかく人の85.5%、他人に無呼吸を指摘されたことの
ある人の88.9%が睡眠時無呼吸症候群でしたので、このような人は確定診断を受ける
ことをお勧めします。確定診断は終夜睡眠ポリグラフ検査にて、睡眠中の無呼吸数、
低換気数、血中の酸素飽和度などを測定して行います。
 いびき症の診断は、睡眠障害も呼吸障害もない単純イビキ症、睡眠障害だけの上気
道抵抗症候群、睡眠障害と呼吸障害が認められる睡眠時無呼吸症候群と分かれます。
また、病因診断は、造影側方セファログラムというレントゲン検査にて行い、重症度
と原因によって治療法を選択します。

治療法の種類
◇非手術治療

 ・マウスピース治療:
   治療用のマウスピースを使う治療で、単独治療としては単純いびき症から中等度の
  睡眠時無呼吸症候群までが適応です。重症な睡眠時無呼吸症候群では他療法との併用
  が必要となります。専用装置は健康保険適用外ですので、当院ではUCLA型(Herbst
  型装置)が50,000円、即時型(セラスノア)が30,000円、簡易型(アクチバトール
  装置)が25,000円です。睡眠中に歯ぎしりや異常なくいしばりのある方は健康保険
  が適用されますので、アクチバトール型の装置が4,400円(2割負担)となります。
  
 ・ネーザルシーパップ治療:
   鼻から空気を送る簡単な人工呼吸器を使う治療です。健康保険は、無呼吸低換気指
  数が20以上の睡眠時無呼吸症候群が適用で、それ以下の睡眠時無呼吸症候群や上気
  道抵抗症候群、単純性いびき症には使用することができません。この装置を使ってい
  る間は、月毎の通院が必要で、健康保険を利かせてもその都度におよそ3,000円の外
  来診療費がかかり年間36,000円以上の負担になります。

◇手術治療
 ●局部麻酔(入院なし)の手術

 ・レーザー治療:
   レーザーにて軟口蓋を短縮する局所麻酔の簡単な手術で、原則として入院は不要で
  す.通常は2回,重症な人は4回くらいかかります。健康保険が適用されますので、
  手術費はおよそ20,000円(2割負担)です。

 ・高周波治療:
   レーザー手術よりもさらに簡単な手術治療ですが、まだ健康保険の適用はありません。

 ●全身麻酔(入院)の手術

 ・口蓋垂軟口蓋形成手術:
   全身麻酔で行う軟口蓋を短縮する手術です、この手術は通常は1回で済みますが、
  舌縮小や舌骨つり上げなどを同時に、または時期をずらして行うことがあります。

 ・上下顎前方移動手術:
   骨格自体に原因がある場合に適応となる全身麻酔で行う手術です。クルゾン症など
  重症な骨格の異常に伴う睡眠呼吸障害では,出生直後より様々な呼吸管理が必要です。
  この手術は原則として成長が停止する頃に行いますが,他療法にて呼吸管理が奏功せ
  ず生命の危機や精神遅滞などの重篤な障害が生じる危険がある場合には早期に実施い
  たします。

 ・人工顎関節置換手術:
   慢性関節リウマチなど顎関節に原因がある場合の全身麻酔で行う手術です。使用す
  る人工顎関節は小生が開発したもので、成績は極めて良好です.慢性関節リウマチ患
  者では環軸椎の脱臼にて延髄の圧迫が生じ,中枢性の無呼吸が出現してしまうことが
  ありますので、症状が軽くても可及的早期に治療することをお勧めいたします。

  治療戦略
  いびき症の治療は、その重症度と原因によって様々な治療法を組み合わせて行います。
 例えば、単純性いびき症では、振動性いびきに対してはレーザー手術、狭窄性いびきに対
 してはマウスピースをといびきの性状によって選択します。もう少し重症な上気道抵抗症
 候群から中等度の睡眠時無呼吸症候群までは、治療効果を確実にするため、レーザー手術
 とマウスピースの併用療法を行います。
 さらに重症な睡眠時無呼吸症候群に対してはネーザルシーパップ(CPAP)を主に用います
 が、その補助的治療としてレーザー手術やマウスピース治療も併用します。特にネーザル
 シーパップ療法は、生涯人工呼吸器を使用するという不自由な生活を強いられますので、
 シーパップからの離脱を強く望む患者には、いくつかの治療法を駆使してなんとか離脱で
 きるよう援助いたします。


   河野正己(こうのまさき)
   新潟大学歯学部卒(歯科医師)、新潟大学歯学研究科修了(歯学博士)
   日本口腔外科学会認定医、日本歯科麻酔学会認定医
   日本歯科大 いびき診療センター助教授
   こうの歯科医院 いびき症クリニック(副院長、非常勤医)
    前新潟大学歯学部口腔外科講師(イビキ(睡眠呼吸障害)外来担当)


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