環境汚染物質て何
環境汚染物質と人1

総論

和田  攻
東大学医学部衛生学助教授

1.環境と人

現在我々が住んでいる地球上に、原始蛋白が合成され、きわめて長年
月かかって現在の人類にまで進化してきた過程を考えると、常にその
時代の生物と無生物を含めた環境は、うまく調和していることがわか
る(ecology of nature).自然の力はきわめて強大でその影響のもとに
生物は反応し・調和し・適応して進化してきた。生物は自らが存在す
る一定の環境中で、他の生物、非生物物質、自然とお互いに影響しあ
いながら自然の法則に適合し、最も安定した流れ−生態系ecosystem−
の中で自ら生き、子孫をつくり、種を保存している。

もしこの安定した生態系の流れが阻止された場合、そこに存在する生
物は適応して新しい流れにのろうとする。そして新しい流れが安定し
たものであれば進化となるが、不幸にして不安定であると生物は死滅
する。この過程は、一つは生物の適応能力,もう一つは、生態系が動
くのに必要なエネルギーの面から規制される。さらに物質の循環とい
う問題もある。

環境の変化が生物の進化の刺激剤であることは周知の事実である。
たとえば原形蛋白から細胞の形成、とくに膜の形成は当時の環境であ
った水の中のNa・Kなどのイオンの変化に基づいている。
生物には一旦形成獲得されたものは不変である原則があり、蛋白が存
在し得る内環境は原始時代のままとし、外環境の変化から守るため膜
を形成し、内環境を一定にしているわけである。しかし、このような
遺伝性をもった適応adaptationは、生物個体の反応reactionや適合 
adjustmentと異なって、きわめて長年月にわたる継代が必要である
(適応の時代因子)。
  一方、生態系の流れはエネルギーを必要とし、またエネルギーの流
れに規制される。閉鎖系である地球は、必要とするエネルギーを全て
太陽から得ている。太陽エネルギーは、まず、地上の緑色植物による
光合成によって始めて地球上に固定される。その後のエネルギーの流
れは図1に示すごとく、草食動物、肉食動物と流れ、最後には分解菌
により発散されてしまう。すなわち、エネルギー容量はまず光合成植
物が握っており、草食動物は光合成植物の量に規制される。草食動物
と肉食動物問でも同様である。この間の現象はキリンとライオンの相
互関係、ネズミの大群発生と急激な死滅など現実にみられるものであ
る。

すなわち、生物はエネルギーに規制され、一定の環境中には一定の数
しか存在し得ないというのが自然の原則である(図2)。
この過程を物質の面からみると、ある生物が活動すれば、必ず次の生
物の原料となる物質を生産することがわかる。そして物質は一定の連
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鎖の中を循環しているわけである、もしある生物の活動がなくなると
次の生物はその影響をうけ減少することになる。このことは逆にいえ
ば、ある生物が生産するものは次の生物の資源こなることで、この能
率がよいほど生態系は順調に流れ、より安定したものとなるのである。

2.環境汚染の成立因子とその結果

  ある汚染物質が環境中に高濃度に存在するためには汚染物質の産出が
増加するか。処理能力が不十分であることが必要である。もちろん自然
および生態系の流れはかなり強力で、少量の汚染物質ないし生態系の阻
止効果が出現しても可逆的に安定した流れに戻る能力をもっている(自
然の復元力)。しかし、その復元力以上の汚染があった場合、どのよう
になるのであろうか。
まず、適応の問題から考えてみよう。たとえばエリー湖はもっともきれ
いな湖の一つとされているが、ここ50年の変化はきわめて激しく。
人的活動がなかったと仮定した場合の変化の500倍の速さであると計
算されている。このような速さで環境が変化した場合"適応の時間因子"
からいってとても生物は適応できなく、外環境の変化は内環境にもおよ
び、生物は死滅し、生態系は消失することになる。すなわち人類の活動
=汚染物質の産出は、他のすべての生態系を破壊し、ひいては自らを滅
亡させようとしているものである。

エネルギーの問題はどうであろうか。まず第一に人類は大気汚染、農薬、
有毒物による水質汚濁、木材の産出を目的とした緑色植物の減少など第
一次のエネルギー産生・固定producerを減少させている。第二に植物が
太陽エネルギーをこの地球上に蓄積してくれた石炭、石油を無限のもの
と考え消費している。もちろん、人類ほど同一生物が地球上に繁殖した
ことは生物の歴史上ないことであり、人類の英知による農業革命によっ
てエネルギーを得たためであるが、それも一定の限界があり、またDD
T、BHCなどの農薬も、かつてはその一助をなしたものであるが、つ
いに現在ではこの地球上を汚染し、生態系阻止的に働いていることはよ
く知られている。
物質の循環の立場からいえば、循環汚染物質は、"場違いの資源"であ
るといえる。すなわち、ある生態系のある生物が産生する物質は次の生
物の資源となり得るというのが生態系の原則であり、この原則が守られ
ているかぎりその生態系は安定しているが、人類はその活動により次の
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生物の資源となり得るものを環境中に出しているわけである。もし、生
態系の流れが変わってこれらの場違いの資源を、資源として利用できる
系が誕生すればその新しい系を含めて人類は安定し得るわけであるが、
残念ながら現在のところ、そのようなうまい系は存在しない。この場
合、新しく出現した場違いの資源はその生態剰こfeed back的に阻止
作用を示すことになる(図3)・

3.地球は閉鎖系である

もし我々が生存する地球が、かつて考えられたように無限の開放系で
あるならば、環境汚染の問題は、あくまでもその地域社会の問題にと
どまり、住民は汚染環境から逃げ出し、その地域での汚染物質の産出
を滅少させ、あとは自然による復元力に処理をまかせればよい。しか
し、残念ながら、この地球は閉鎖系である。このことはエネルギー、
物質循環の面でも同様で、常に限界あることを十分認識すべきである。

4.まとめ
今回は本シリーズの最初であり、かなり総論的な記載に終った。次回
からは、もう少し具体的に話をすすめ、さらに個々の汚染物質を中心
に解説を加えたいと思う。ただここで強調したいことは、環境問題を
考える場合、人中心ではなく人を含めた生物・無生物よりなる生態系
の安定ということを考えるべきであるこよである。環境汚染が人類を
危機に陥入れないためには、汚染を自然の復元力の範囲内に、しかも
速度を生物が適応し得る範囲内に、また汚染物質の循環経路を確保し、
場違いの資源である汚染物質の再利用プロセスを強化し、なるべく短
い物質循環系を完成させることに主眼をおくべきである。


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