p(345)13

必須性が問題となっている微量金属(1)

和田攻
群馬大学医学部衛生学教授

1.はじめに

生体にとって有利に働き、ある機能に欠くべからざる微量金属
は、必須金属とよばれ、鉄、亜鉛、コバルト、銅、マンガン、クロ
ム、モリブデンなどがヒトの必須微量金属とよばれている。また最
近、セレンがグルタチオンペルオキシダーゼの中心活性金属である
ことが判明し。必須金属に加えられている。
  近年、ヒトの食生活が変わり。精製食品、低カロリー食、食品類
似物、脂肪食品など自然の食品とかなり異った食物をとるようにな
り、これらの食物では微量金属が欠乏していることが多く、また完
全静脈栄養など特殊な栄養摂取によっても微量金属の欠乏症が出現
する可能性が多くなっている。一方では、微量金属の測定法の進歩
により、重金属中毒を唯一の対象としてきた金属学が、再び欠乏症
を対象としつつあることも興味深い。
必須性の基準としては。
(1)その金属は常に組織に存在すること、
(2)その組織での金属濃度はほぼ一定であること、
(3)食餌などからそ
      の金属を除外すると欠乏症状がみられること。
(4)しかも欠乏症状は関連する生化学的変化を伴うこと、
(5)欠乏症状および生化学的変化は、その金属を補うことけこより
      回復すること、があげられている
が、最近、ニッケル、バナジウム。シリコン。フッ素およびスズに
ついて。動物での必須性が認められるか、少くとも有益性が認めら
れてきたので、これらについて。まとめることにする。近い将来、
ヒトでも必須性が論議されることは明らかであるからでもある。

5.フッ素
a.必須性と可能性
フッ素とヒトの皮膚とは関係は、よく知られているように、齲歯
予防と成人の正常骨格保持で、これらについては多くの報告があ
る。
最近では、フッ素が正常ヘマトクリット保持、繁殖力および成長
に有効であると報告がみられている。マウスを用いた実験で、妊娠
中低フッ素食で飼育した場合。ヘマトクリット値の低下がみられ。
第1およびだい2世代の雌の出産仔数の低下がみられるが、これらの
所見は、飲料水中に50μg/mlのフッ素を入れると予防できるとさ
れている。しかし。このフッ素量はヒトでは中毒量であり。果して
フッ素が必須元素として作用しているのか、フッ素の薬理作用をみ
ているのか不明であると考えられる。貧血や繁殖力低下は小動物で
は。微量元素やビタミン欠乏症でしばしばみられるものであり、フ
ッ素の薬理量が、これらの食餌性の不均衡を是正している可能性な
いし刺激作用である可能性を否定できない。
一方、基本アミノ酸食で飼育したラットでフッ素は、その成長を
p(387)11
促進したとの報告があるが、この場合も。フッ素の添加重はより少
なかったが同様の実験で成長促進効果が認められなかった報告があ
ること、フッ素添加対照ラットでも、成長は普通食で飼育したラッ
トよりも遅延していたことから、前の実験と同様に、食餌の何らか
の不均衡の部分的な是正によるものとも考えられ、必須性を確立す
るためには、より多くの研究が必要のようである。なお、今のとこ
ろ必要量は全く不明であるが、ラットでは食餌中gあたり1〜2
μgが適当であるという報告がある。

b.生物学的構能

  今のところ不明であるが、前述の事実から、他の食餌性の栄養素
の吸収ないしは利用に関係して、有害な作用を示すとも考えられ
る。事実、フッ素は、鉄の腸管からの吸収を促進するとの報告があ
る。また最近の報告では。アデニル酸シクラーゼを活性化すること
が知られており、したがって、ホルモン効果に影響を与える可能性
も否定できない。

C.ヒトでの必須性

  今のところヒトでの必須性は確立されていないが。微量のフッ素
は、齲歯予防のみならず、その他の有益な影響を与える可能性はあ
るとも考えられる。フッ素含量の大である食品は、海産物(5〜10
μg/g)やお茶(100μg/g)であり、穀物は1〜3μg/g
含有している。

しかし、何といっても最も量が多いのは。フッ素添加水道水が実施さ
れているところでは。この飲料水であろう。今後これらの地区におけ
る種々の疫学的調査が、フッ素の微量有益効果と有害効果を明らかに
してくれることが期待される。
(筆者注)
合衆国での水道水フッ素化が大規模な人体実験であることが明確に
述べられている。

p54(490)
1.金属と生体
ヒトを含めて全ての生物の体内には。ほとんど全ての金属(元素)
が合まれる。生物内にある金属の原子番号とその存在量は一般に逆
相関の関係があり、構成金属の99%が周期律表の最初の20番以内の
金属よりなり。例外として原子番号53のヨードがある。残りの1%
は20〜42番の元素で構成されるが、その多くは遷移元素に属し。い
わゆる微量金属が大部分を占め。生物学的活性の大なものである。
なお最初の42元素のうち、生物に必要であるのは、およそ2/3であ
る(図1)。
なお、金属とは長周期待表で、ホウ素とアスタチンを結ぶ斜めの
p55(491)
線の左側にある元素のうち、水素を除いたものの総称であり。重金
属とは比重4以上の金属を指す。
  人体を構成する元素では、0,C,H,Nが全重量の99.6%を占め
(主要元素major element)、ついで準主要元素であるCa,P,S,
K・Na・Cl・Mg・Siの8元素が約3〜4%で、いわゆる微量元素
(trace element)は、0.02%にすぎない。
  主要元素は生体の構成に主として役立ち、準主要元素はイオンと
しての役割を果すことが多く、微量元素はその酸化還元性から、電
子伝達ないし酵素活性中心として触媒の働きをすることが多い。な
お。微量とは、かつて生体内に確かに存在するが、当時の技術では
測定できなかった量を指し、ヒトでは生体内濃度が鉄(Fe)よりも
低いもの、またはppm(10−6g/g)オーダー以下の濃度のものをい
う。



ホームページ目次に戻る
フッ素目次に戻る
次へ