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[翻訳]
         知性の抑圧

環境問題に関して科学者たちはなぜ発言する事を恐れるのか

           ブライアン・マーチン
        翻訳 成 田 憲 一(歯科医師)

                   INTELLECTUAL SUPPRESSIION
                   BY BRIAN MARTIN
                 (HABITAT AUSTRALIA JULY 1992 Vol.20 No.3)

 一人の環境問題を研究する科学者が人間や環境に与える危険性を
公に暴露する場合を考えてみよう。例えば、ある開発計画の結果、
化学薬品によって引き起こされる危険性や予期しない生態系を破壊
する恐れがあることを公言する場合、環境に与える影響を調査した
報告書のデータの中に不備や欠陥があることを暴露する場合、どう
いう事になるだろうか。確かに、このような場合、その危険性が本
当に起こり得るかどうかを確かめた後に、適切な対応が出来るよう
に早急に責任ある当局者に連絡するべきであろう。
 しかし、「責任ある当局者」つまり、その問題の責任者が開発計
画の方を優先させるとしたらどうなるのだろう。このようなケース
では、部外者つまり政治家や報道機関や環境保護団体は、問題を受
け止め警告を発しなければならないだろう。 残念なことに、この
ような形で問題になり警告が発せられるのは例外である。もしも、
科学者が環境問題に関して民衆の側に立ち、そのことが有力企業や
政府や環境問題を研究する専門家のグループに挑戦するように見え
る場合、殆どの科学者たちは民衆の側に立つことを恐れているのだ。
環境学者たちは、民衆の側に立った発言などをした場合、公務上の
上司が考えるであろう処置を恐れている。環境学者たちは許可なし
で報道機関に仕事の内容を語ることを禁じている法律があることを
知っているからだ。彼らはそんな事をしたら昇進ができなくなった
り重要な仕事から外されたり解雇さえされることがあることを恐れ
ているのだ。 ある学者が研究の結果を公表したり、講演したり、
公言したりすることで有力な利益集団の利益が脅かされる。そのた
めに当の学者が攻撃された場合を知的異議申立てに対する抑圧と呼
べるであろう。有力な利益集団とは、典型的な例としては、企業、
政府あるいは専門家グループのことである。異議申立てに対しての
抑圧は世界的な現象なのだ。特に政治的異議申立てへの抑圧は非常
によくあることだ。公然と圧力をかける事は例外である。最も効果
を発揮する異議申立てへの抑圧とは、抑圧を受ける側が自己規制す
る事である。

 環境学者たちもこのような抑圧から逃れることは出来ない。環境
学者たちへの攻撃としては、研究結果の公表の妨害、学会への出席
許可の取り消し、研究費を取り上げる、任用の拒否、研究に必要な
スタッフを取り上げる、別の研究ポストに移動させる、免職、ブラ
ック・リストに載せる、人格攻撃で名誉を傷つけるといったものが
ある。  このような圧力をかける理由は単純だ。環境破壊に伴う事
業や政策には有力な利益集団がからんでいるからだ。環境に関する
専門の学者たちはこのような事業や政策を合法的なものとする調査
結果も出せるし、それを覆す調査結果も出せるからだ。多くの分野、
核開発の研究分野のように、殆どの学者たちは、仕事をもらう事や、
相談を受けるという形で企業や政府の援助を受けている。
 もしも、たとえ少数の科学者でも定説に反論をとなえた場合、学
会で一致した科学的な定説が誤りであることを指摘することになる。
定説に反対を唱える科学者たちは既得の利益を脅かすことになる。
この場合、少なくともある科学者が攻撃される。定説に反論して発
言しようと考える他の科学者たちは、その攻撃を見て発言しようと
いう勇気をそがれてしまうのだ。

静かなる陰謀

 現実に、いかに多くの抑圧があるか誰も知らない。疑いもなく、 抑圧は人々が考えているよりも非常によくある事である。ある種の ケースではその立証が殆ど不可能な事もある。例えば、その人が批 判していることが分かって、より条件の良い職をめぐる争いから排 除された場合とか雑誌に科学論文の掲載を拒否されたという場合、 立証はむずかしい。このような事情で、抑圧のあったことが立証さ れるのは明確な激しい攻撃があった場合だけである。特に解雇とい った問題が絡んだような事件に限られるのだ。  なぜ多くの抑圧の内のほんの一部しか公にされないのかには、も う一つ理由がある。攻撃を受けている人はたいてい公にしたがらな い。彼らは自分の研究のために脅されたりイヤガラセを受けるかも 知れないと考えるので仕事が続けたいために、低姿勢をとる方を望 むのだ。攻撃する側も公になる事を望まない、その結果として何事 もなかったことになるのだ。  さらにもう一つこの問題を複雑にしているのは抑圧が起きたとい う事を立証することが困難であるという事がある。抑圧は決して承 認される事はないのだ。即ち普通抑圧を受けた科学者は「研究者と してあるまじき事をしただけだ」と言われる。抑圧が有ったか否か があいまいであること。なぜ圧力をかけたのか、圧力をかけた結果 どうなったのか。こうした事に関して必ず起きる意見の相違やあい まいさは避けられない。このような理由で、公になったとか、立証 されたとか、かなり明確になったといった例は、多くの抑圧のほん の一部であり、氷山の一角に過ぎないのである。  私も長年手掛けた抑圧についての調査の結果、確かに抑圧など非 常によくある出来事であるという事が理解できた。組織の中の重要 な地位にいる人物の一人か二人と語ることで抑圧に関する殆ど一連 の出来事を見つけ出せよう。ある種の研究分野ではお定まりの抑圧 が存在する。例えば、私は、少なくとも10ケ国で核開発に批判的な 科学者に加えられた多くの事例を収集している。  開かれた討論は科学の血液であり、言論の自由は民主主義の命で ある。しかし開かれた討論と言論の自由は有力な既得権益を得てい る人々には歓迎出来ないものなのだ。オーストラリアでは殆どの科 学者の給与は納税者が支払っている。だから科学者の研究成果は公 平に利用されねばならない。しかし、公平に利用されているとは言 えない。ことわざに言うように「知識は力である」。一握りの人々 を抑圧することで、多くの人々を脅えさせることになる。その結果 として臆病な学界は、科学的な真理の追及とか科学による利益を大 衆に提供することで社会に貢献するよりも、科学を一部の有力者の 利益のために提供する結果になるのだ。 

具体例

公共部門の場合  ジョン・コオウルタア博士は20年間、アデレード医学・獣医学研 究所(IMVS)の科学者であった。しかも彼は環境保護論者として明 瞭な発言をする人物として有名であった。そのため彼は度々、企業 からの攻撃を受ける結果となった。例えば、彼が殺虫剤のヘプタク ロルとディクロルヴオスの危険性を指摘し「アメリカ企業ベルシコ ル社のこれらの殺虫剤への対応の仕方に危険性がある」と発言した。 その結果、ベルシコル・オーストラリア社は医学・獣医学研究所の 研究所長を通じて彼に圧力をかけたのだ。  コオウルタアは化学薬品使用の危険性に関して医学・獣医学研究 所の内部でも、もちろん強く反対した。エチレン・オキサイドは研 究所で消毒剤として使われていて所内の安全委員会でもその安全性 を認めていたが、1980年、彼はそのエチレン・オキサイドに遺伝毒 性があるという研究報告を公表した。その直後、彼は突然、彼のポ ジションからはずされた。長期にわたる裁判の結果、彼と研究所は 「彼は経費節約のためにポジションからはずされたという事に同意 すること」で和解することになったのだ。判決文を読むと、彼の解 雇の理由が殆ど審議も尽くされず、深く調査もされる事もなく判決 が出されたことが分かる。  ポール・スミスはタスマニア州森林委員会の科学者であった。彼 は休暇をとって森林伐採の反対運動に参加してデモしているところ をテレビで放映されてしまった。彼は委員長に呼び出され「長々と、 その動機」を聞かれた。彼の行為は職員としては背信行為であり、 容認出来ないということを言われた。彼には、それ以上の圧力はか からなかった。  多数の科学者たちが、過去何年か困難な問題に直面しているヴィ クトリア州環境保護局(DCE) の事例をあげて論争中の学説につい ての調査報告書をめぐる争いを通じて組織全体のあり方がどのよう に形づくられるか明らかにしてみよう。1990年、植物学者デイビッ ド・キャメロンは熱帯雨林の新たなる定義についての論文を書いた。 環境保護局はその論文の公表を一年以上にわたり許可しなかった。 熱帯雨林についての定義は政治的に極めて微妙な問題を含むものだ。 というのも、現在進行中の環境保護論者と森林伐採企業との交渉に 影響を与えるからであった。キャメロンの熱帯雨林の定義はそれま での区域を、より拡大して定義するものであった。そのため彼の定 義は環境保護局の幾人かの有力者には歓迎出来ないものだったから だ。  この事例は早い時期に ABCのアースウオームという番組が熱帯雨 林の定義に環境保護局から圧力がかかったという事を暴露した。そ れによってこの妨害事件が明らかになった。これが明らかになった ことにより1991年11月に環境保護局はディビット・キヤメルを含む 二人の局員が熱帯雨林の定義についての公開のシンポジュウムで発 言する事を認めた。  その時でさえ、キャロメンには、その発言に明らかな制限を課せ られていた。

公然と圧力がかかる事は例外、 異議申立てへの圧力で最も効果的なのが 自己規制させことである

 もう一つ例をあげれば、環境保護局の科学者たちは保護局の上層 部で書き換えられたリポートから名前を除去するよう求められた。 また、1990年には前局長は報道関係に(科学的な問題に関して)発 言をした科学者たちに懲罰の対象になるという威しをかけた注意文 書を回覧した。

企業の研究者の場合

 企業に勤務する科学者の場合、彼らは、もし雇い主に批判的な発 言をしたら即、解雇といった厳しい罰に直面することを良く心得て いる。そのような仕打ちが必ず予測出来るので企業の科学者たちは めったに危険を犯すようなことはしない。合衆国ゼネラル・エレク トリック社の三人の核科学者たちは1976年に原子力開発に批判的な 事が露見した。三人は彼らの立場を知り、辞職した。仕事が続けら れるよりも辞職する道を選んだのだ。会社は彼らの行動と人格を厳 しく攻撃するよう扇動したのだ。

大学の場合

 これまでの事例で公務員や企業の科学者たちがどんな抑圧を受け るか明らであろう。しかし、大学の研究者たちに関してどのような 状況なのだろうか。本当に彼らに学問の自由があるのだろうか。  大学はかっては異議を唱える人々に避難所を提供してきた。 1977年には植物学者フィリップ・ ケイン博士、ラ・トローブ大学の 動物学者、故ピーター・ローリンソンがビクトリア森林のシナモン ・キノコ(Phytophthoracinnamoni)の広がりについての発言した。 それに対してビクトリア州森林委員長は副理事に彼らの発言をやめ させるようにとの九通の手紙を書いた。しかし大学の上層部は彼の 申し出を学問の自由を侵害するものだとして拒絶した。 大学の学者にとって最も大きな危険は彼ら自らが属する大学とい う制度に由来する。多くの大学の内部には学部の同僚からの「科学 的」であるべきだ、「学問的」であるべきたという強い圧力が存在 する。普通はこうした大学のあり方は報道機関が関心を示す問題、 論争や社会に広く知らせること大衆討論や直接的政治活動などとは 互いに合い容れないようだ。論争は、やがて一部の専門家による討 論会で議論されることになる。しかしながらそうした討論会では反 論や異議申立てとしてのインパクトは大いに減少してしまう。  討論会で「学問的」方法を貫く学者、「安全な(論争し過ぎない) 」論点を扱う学者は一般に雇用の機会や学位の取得のチャンスが増 すことになる。このような事実は森林伐採に批判的な有名な学者た ち、前述したフィリップ・ケインやピーター・ローリンソンや物理 学者のヴァル・プラムウッドやリチャード・シルバンらが、彼らが なぜ営林学畑出身ではなく大学の他の学部出身であるかを理解する 助けとなろう。

専門学会の場合

 科学者の中には学会が攻撃から守ってくれると期待をする者もい る。場合によっては学会は頼りになる。しかし、多分驚くべきこと に、専門家やその学会がときには異議申立てに対する攻撃の側につ くこともあるのだ。  1980年代の末にタスマニア州バーニイで開業していたジュリエッ ト・レイバス医師はパルプ工場から有機塩素が排出されている問題 について公言した。彼女は化学的問題に関する有資格者の主任とし ての立場にあった。そのため彼女の見解は新聞とテレビの公開討論 でとりあげられた。それに対して匿名の申立てが医師会に行われた 結果、「報道機関による彼女の人物紹介の結果、過度の誇張を受け た」という苦情に答えるために彼女はタスマニア科医師会の手でホ バートまで召還された。医師会がその申立てを拒絶していたとして も、そのような行為は公開の討論への参加を威すことや妨げること になりかねない。  長年の経験を積んだシャロン・ベーダー博士はシドニイでの汚水 と産業廃棄物の海洋排出に問題があるという議論を引き起こした主 要な人物であった。上下水道局の多くの技師たちは局の政策に疑問 を持った者に対してはだれにでも極度の敵意を持っていた。主要な 専門家団体である技師協会上層部一人はベーダーに懲戒処分の可能 性があるという威しをかけた。コフ港の技師であったジョン・トオ ウツァは、産業廃棄物の海洋投棄の申し出に反対の表明をしていた。 そして彼は管理する立場にある政府の六人の技師からの公式の異議 申立てを受けた。この二つの事件共に、皮肉なことに専門家倫理規 約は、批判を沈黙させる道具に使われたのだ。  専門家に対する攻撃として最も驚くべき事例はアメリカ歯科医師 会がまとめたフッ素反対者に関する書類であろう。この書類には新 聞記事や評論の抜粋が収集され、この一連の書類の中には地方の開 業医やアメリカ・ナチ党といった組織から尊敬すべき科学者たち、 故ジョージ・ウオルドボット博士らが名簿に掲載されている。歯科 医師会の手による、この一連の書類は、全てのフッ素反対者に罪が 有るかのようにほのめかすものとなっている。この一連の書類は世 界中に配布され、特にウオルドボットや他の反対者のリーダーがフ ッ素化反対を宣言した1960年代には有名なアメリカ歯科医師会雑誌 に二度にわたって公表されている。 文頭に戻る 次へ