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第2章 襲われた村

水魔−濁流の海

昭和三十八年七月七日 朝からの雨は滝のように 恐怖の予感をただよわせて褐色の濁流に 逆巻きうねり うなりを立てて石を転がしていった 異様な水音に川に沿った家の人たち 三人 五人 六人 八人と寄り始めた 昔の洪水から二十年目だ 大水が出るかも知れない と 誰かが言った くるわくるわ 濁った血のような水の山が 巾三十メートル 高さ三メートルの河原いっばいにふくれあがった 濁流は川にそった道へはいあがり 道をくずし川にそった家々の床下を流れ始めた 半鐘が鳴り 消防団員がかけめぐり 老人と子供を背負って裏山へ運び 気が狂ったように部落長は叫ぶ 家の中には誰も居ないか! 叫びが止った瞬間 悪魔のような濁流の山が 部落へ襲いかかっていた 庭先のケヤキの大樹や柿の木は こともなく呑み込まれていた 息を呑むこの一瞬 山峡の部落は 濁流の海 川にそった部落の家々はあとかたもなかった
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