ok.p.44
 

去る者残る者

それは昨日のようであった 雲の重圧が峰に流れて 谷間に嵐が吹きおろした時 君は叫んだ 貧しく忘れられて行く この村を おれたちが守らずに誰が守るか と そして 4Hクラブが生れた 政治クラブが出来た 君は村の青年団長だった だが 雲の重圧が谷間をおおい 木枯しがうなりを立てて葉をちぎり 舞い出した嵐の中で 仲間たちは 肩をすくめて その叫びを止めた 村は今 離村のあらしの中だ 君は町の一角に 小さな ソバ屋を開店した 思えば 時は昨日のように流れた 青年団の会合の帰途 晩秋の村上の橋の上で 霜が星に逆光する時 君は言葉をなげ出した おれは明日から町へ出る と おれははげしく反論した 村をすてて町へ出る 君はうらぎりものだ と 口調もはげしく 君は反論して来た わずか二十俵の米と 先の暗い炭焼きで どうして希望が持てると言うのだ 嫁の来てさえないではないか 君の言葉は 明日からの おれの生活を保障する力があるのか と おれは返す言葉が無くなって 二人が背を向け合った時は もう 白銀の守門山頂は明け始めていた 君は去った 思えば時は昨日のように流れた おれは今 重い足どりで とうとう君の ソバ屋へ立ち寄った 君には美しい妻がいた まだ開店祝の匂いの残る 小さなソバ屋は お客のたえ間がなく 君は妻と二人でうれしい悲鳴をあげていた うちひしがれて おれは酒を飲み 雲の重なる冬枯れの谷間へ 重い足どりで 帰っていった
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