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まえがき
(編者のことば)
新潟県の山奥の中のまた山奥、冬は積雪四メートルから六メートル。
そのような土地に生まれ、育った一人の青年は、炭焼きをしながら炭焼
小屋にさし込む月の光で本を読み詩を書き続けた。深山に息をする人間
は彼一人、夜のしじま。夜風。詩を書く人としてはまことに特異な彼の
環境である。
○
この詩は、そのようにして書き続けられた十六年間の詩稿の中から選
んだものである。
作者岡部君は、故郷を拾て農村していく仲間たちの中にあって、この
山奥の村に踏みとどまり、家族をかかえ苦闘したが、家族と自分が生き
るために、毎年出稼ぎで収入の不足をおぎなわなければならなかった。
しかし、その出稼ぎは、すさまじい詩のエネルギーとなって、紙にしる
された。
○
どの詩も、書こうとして書いたものではない。名もなき一人の貧しい
者が、体をすりへらし、生きるためにくる年もくる年も飯場のメシを食
べて働くその生活からしたたった滴のようなものである。
岡部君は”おれも人の子として生まれたのだ。おれたちも人間らしく
生きたい”と叫ぶのである。
私はこの詩に出稼ぎ者百万人の声の代弁をみる。近代化の波にのまれ
て心ならずもムラを去り、根なし草としてマチヘ出た数千万人の、ムラ
の人々の代弁の声と聞く。
○
すべて一任する ―と言って彼は十六年間の詩稿の束を送ってきた。
私は原稿をよりわけ、使う分もかなり手を入れた。言葉は素朴すぎ、誤
字も多かった。しかし、私はそれでよい、とおもっている。手を入れて
も原作の心を変えることはしない。
岡部君の詩は、表現の稚拙を越えるすさまじいものをもっている。
正規の勉学の機会にも恵まれず時間もない彼が、よくもこれだけのも
のを仕上げたもの、と私はただ頭が下がる。
私はこの岡部君の詩にほれこんだ。おそらく出版の機会に恵まれぬで
あろう彼の作品をなんとか世に出してあげたいとおもった。
○
詩になっていなければ、詩としてみなくともよい、底辺に生きる一人の
労働者が書きとめた、歴史の証言として、この内容は価値があろう。
もちろん詩の改作の責は私にある。
○
岡部君は、詩人のプロになる気は少しもない。彼は山奥のムラの子で
あり、ここに一生を理める人である。ただ、この山奥のムラには都市の
人間にとってかけがえのない静寂があり、天地をおおう数メートルの雪
の野は、都会の子たちがはねまわり、身心をきたえる貴重な舞台である。
文明への挑戦、人間回復への手がかりが、作者の住むこの山奥にふん
だんにあることを私は告げたい。
成ケ沢 宏之進