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尻無川水門工事犠牲者へおくる

(一) 黒御影石よ 鉄錆の粉塵の舞う 尻無川の川べり 冬枯れの野に 道絶えてぼうぜんとして立つ 求道僧のように アーチ形大水門を見つめる 黒御影石よ 門脚に刻み込まれた 潜函工の像 ツルハシを突き刺して ただ黙して水底を見つめる 自らの像を見つめる 十一人のお前たちよ 黒御影石よ 世の人たちが 夜のだんらんの時に入ろうとするとき お前たちは 十数メートルの水底へ入って行った 数万トンのケイソンの重みで川底が沈み よじれたケィソンのボルトが切れて 裂倒したその瞬間に その瞬間に 地の底でうめきをあげる お前たちの脳裏に浮んだものは おれにはわかる その瞬間に お前たちの脳裏に浮き広がったものが おれにはわかる 疲労に汚れた妻の下着を取替えてやりたいために 暗過ぎた台所へ 小さな 一つの窓を開けてやりたいために お前たちは川底へ入って行った お前たちは思ったであろう 北の地の果ての冬枯れの田んぼが 南の山陰の 霜に耐える段々畑のミカンが 墨色の空の下で 春を待ちつつ お前たちの汗のしたたりを待っていることを お前たちは思ったであろう お前たちの太い腕で耕し起していく その後から妻たちが乳色の肥料を播いていく まだ冷たい春風に乗って妻の髪の香りが 追いかけてくる 振り向けば その後方で 子供たちがどろんこになって 土の中へ夢を掘っている しばし手を休めて見つめ合う時 むせ返る土の香りの中で 厳しくも微笑がとけ合う時を お前たちはその日を待ちながら 世の人々が夜のいこいの場につこうとする時 十数メートルの川底へ入っていった しかし 今はもう お前たちには 耕す太い腕もない ふり返って妻の髪の香りを知ることも出来ない 今 お前たちを知らないお前たちの子供が 父を求めて 土を掘り返している 曇った空の下で 風はまだ冷たいと言うのに 尻無川の吹きっさらしに立つ 黒御影石よ ツルハシを土に突き刺して ただ黙して川底を見つめる 門脚に刻み込まれた 潜函工の自らの像を見つめる 黒御影石よ 十一人のお前たちよ お前たちの苦しみはおぎないようがないけれども 今 おれたちの手に引きつがれている お前たちの妻は叫びつづけた ある時は電波を通して ある時は活字を通して そして 今日は流れる涙をふこうともせず 全国の出稼ぎ者大会の壇上から 叫びつづけた 夫の生命はうばわれた でも 心まではうばわれたのではない と 夫に続く全国の出稼ぎ者の 生命を守るために 夫の犠牲をむだにしないで下さい と 叫び続ける お前たちの妻の姿を お前たちの子供は決してわすれはしないはずだ (二) そのために いくら積んだって金で代えられるものではない 金で夫は帰らない 金で父は帰らない 補償金の少なさに 怒りは燃え上ったのではない なあに 百姓どもの五人や十人殺したって また 金で買い集めれば良い そのことに怒りは燃え上ったのだ 人が悲しみにもだえているどさくさを利用して めくら印を押させて 人間一人の生命を 四百五十万円でかたずけようとした そのことに 悲しみは怒りへ 怒りは斗いへと燃え上ったのだ 四年間の斗いで 四百五十万円から千三百五十万円へと勝ち取ったのだ いくら積んだって 金で夫は婦らない 金で父は帰らない 補償金の少なさに斗いは燃え上つたのではない 出稼ぎ者の生命の大切さを思い知らせるためには 金の権化のお前らには 金でこらしめるよりほかに道が無かったからだ 人民のいけにえの上に国は富み 農民のいけにえの上に咲く歴史のあだ花 そのことに 怒りはたたかいへと燃え上ったのだ そのために 怒りよ燃えよ 斗いよ広がれ
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