はどそんのつぶやき2014-2

いかり・くどき・おもにぼやき・どきり・かんどー・しったかぶり・かくしごとあり・ほらハなし

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12月31日 指輪物語
きのうは『ホビットの冒険』、きょうは『ロード・オブ・ザ・リング』の三部作。
BSプレミアは、困った放送をしてくれて、夜は、これに浸り切りで、新年を迎えます。
年末に風邪っぽくて、大掃除もしてないのに。亭主殿は付き合いきれない、とベッドで読書。
今年も、ぐちぐちに、お付き合いありがとうございました。



12月某日 12月に選挙
雪ですよ。大雪です、新潟も。迷惑な話。
期日前投票1000万人余、 投票者5000万人余の1/4ですよ。私らも当日大雪の予報で、前日投票に行きました。
この制度を改善して、コンビニとかネットとかからいつでも投票できるようにすれば、、もっとましな投票率になるんじゃないでしょうか。というか、非正規雇用に若者の投票率を上げたくないような安倍政権だよね。


12月某日  雇用
非正規雇用者が労働者の40%だそうです。びっくりです。もはや、そういう時代になってしまっているのに、それをどうしようという政策はないよ、安倍ちゃんに。



12月某日 洗濯洗剤
 香料がきつくなって、洗剤に苦労してましたが、いろいろ試して、今は液体せっけん。 アラウ。ほのかな ラベンダーの香りは大丈夫でした。フローラルな、なんて売りの洗剤はダメでした。。
なあんだ。せっけんが合っていたなんて。
 


12月某日 オレオレ詐欺 その他の詐欺
 みじかな友人のところへも、電話がかかってきたんだって、だいぶ前のことだけど。ごほんごほんとせきこんだような声で「オレ、オレ、○○○だよ」と。○○○は息子の名前。
声が違う、電話口でオレなんて言わない子だったから、すぐにピンときた。でも、次に考えたのは逆恨みを受けないようにするにはどうしようか、だった。それで、「はあ~よく聞こえないんだけど~」、とあいまい返事をしていたら、相手から切ったそうな。
なるほど、名前を知っていて電話番号も知っているということは、住所も知っている可能性がある。
そういえば、その当時、新潟の高校で同窓会名簿が基になっているらしいオレオレ詐欺が流行っていた。被害者が出て高校から注意が出ていたっけ。
(うちは息子がいないからかかってきたことはない。残念。それが言いたかったのよ、友よ)
 でも、こういうのに引っかかってお金を払った人が娘の家の近くにいる。そして再度お金を取りに来ることになって、誰かが気がついて警察に通報した。そして、娘の家の駐車場に、覆面パトカーは駐車させてもらって張りこみをしたのだって。今は振込こみ詐欺ではなく、取りに来る詐欺らしいね。結局、取り子は来なくて、逮捕劇はなかったけれど、被害は食い止められたそうだ。これはあとから警察の人が菓子折りを持ってお礼に来たので詳しく聞けた話だそうな。
あれ?こんな話、長岡からも聞こえてきていたっけ。引っかかってお金を払ってしまって、再度の請求があった母のところへ娘さんが急行した話。もしかして同じ人か!
 そうそう最近スマホに詐欺らしいメールが来るわよ。笑っちゃうような。引っかかる人がいるんだろうか。
 これは、また、あとでご披露。



12月某日 家計簿
 来年の家計簿を買いました。来年も買物するつもり、もとい、生きるつもり。
来年こそは、つつましく倹約できるかなあ。できないだろうな、トノサマが贅沢すると負けじと贅沢がしたくなるオクガタのコンビだからなあ。やけくそ生活ですな。まあ、ケンカしていると、または不健康だと街へ出ない出ないと金も使わない、そこに期待しようかな(笑)。御大が倒れたら倒れたで、そのときはそのとき。



12月某日 カレンダー
取りに行かねば。買いに行かねば。 もうめくる紙がない、月別は。 日めくりがあってよかった。



11月某日 習近平に似てる
コミカドケンスケ。 バカバカしいけどおもしろくて実は正義感たっぷりのTVドラマ「リーガルハイ」の主人公。
目を細めて、きゅっと唇を横に広げて結んでいる顔が 誰かに似てるとずっと思っていた。
香港の学生運動のニュースを見ていて中国主席の絵が映ったとき、あ、この人に似てる、と思ったのは、私だけ?



11月某日 チャーハン
単純な家庭料理の定番。
私は、いままでは、最後に卵を中華鍋の端っこに割ってかきまぜ、できあがっている具入りの飯にまぜていた。
ただ、こうするとごはんがグチャッとなってしまう。それで、今回はゆで卵にしておいて小さく切ってまぶしてみた。うん、いいね。
でも、初めにご飯に生卵を混ぜ込んで炒めておく二つフライパンを使って、と話してくれた友人がいた。焼き飯でも各家庭で全然作り方が違うらしいね。中華料理店のチャーハンより家庭料理を食べ歩きたいわ。



11月某日 バター手に入る
12時ころスーパーに行ったら、おひとり様一個だけ、と書いてあったが、まだあった。よかった。
政府からも、お達しがあったね。国民食だもんね。



11月某日 ホンダのリコール
 8月にホンダから手紙が来た。エアバックのリコール(製造時不具合無償修理)のお知らせだった。助手席のエアバックなんてどうでもいいや、と暑いさなかはほおっていた。9月末になって、やっと修理の依頼をした。部品を取り寄せるのでお待ちくださいと言われて、二か月。きょう電話が来て、直しに行って来た。
 二か月待つ間に、この話は大きく膨らんで、アメリカで大問題になっていた。
部品メーカー・タカタ製のエアバックが破裂した際、金属片が飛び出し、死亡したケガをしたという事故があってアメリカの議会だか公聴会だか裁判所だかで担当者が呼ばれていた。ホンダの部品はすべてこのメーカーからのものらしい。ホンダだけでも1729件!  でも待てよ。
 私の乗っているフィット(レモンイエローのレモンちゃん)は2002年製の中古車ですよ。12年前の。買ったのは3年前だけどね。ずいぶん昔の話なのに、どうなっているのだろう。びっくりしてネット検索してみた。
「2001年ころメキシコの工場で作られたエアバッグ部品の不具合で、全世界800万台規模のリコール。その他不具合と合わせ回収費用450億円引き当て」なんてタカタの四季報にあった。ええ!?
他を検索すると、「2001から2002年、2012年の部品が問題」。メキシコ工場では、生産目標の強化・ノルマの達成が最大目標で、そのため安価な労働力に頼った労働過剰・管理の不備があったのでは、と指摘する人もあった。(それまではアメリカの工場で生産) しかも、事故を公表していなかったらしい。単純ミスではないらしいね。

私:「これ、今アメリカで問題になっているのと同じこと?」
ホンダの整備員:「はい」

いやはや、大きなニュースに小さく関わったマイ・レモンちゃんでした。



11月22日 マッサン父
「汗をかいてみろ。頭で考えてダメなとき、体を動かして汗をかいてみろ。わかってくるぞ。それでもダメなときは もう少し汗をかいてみろ」前田吟ちゃん、いいことを言っている。
昨日から、鍬を振るってます。土をいじって体感してます。花苗を植えて球根を埋めました。気に入らない紅薔薇は奥庭へ移動させました。じっとしてるより温まる。どう植えたらいいかなんて手と体が先に動く。うじうじしてるより気が晴れます。腰が痛くなるけどあとで寝てればいいしね。行ける人はどこかへ行くのもいいね。(朝のテレビで。忘れないうちに私のための備忘録)



11月某日 乳液を買った
うん、下地クリームよりもトロリとして肌がうるおう気がする。家に居るときはこれだけでいいね。

そののりで、ネットで化粧品を注文した。富士フィルムがネット販売している赤い基礎化粧品。ほら、松田聖子ちゃんと小泉今日子ちゃんがモデルで出ているの。フィルム製作の技術で人間用ができたとか。お試しです。
乞うご期待。後日談をお楽しみに。



11月某日 7℃の車
 ハンドルを握る指先がかじかむ。車に皮手袋を常備する。ひざ掛けをバスタオルから、もこもこ毛布に替える。
シートにも暖房が付いてる車がうらやましいぞ。
 エンジンをかけるとバカに大きな音がする。ガソリンスタンドに相談に行く。何とかベルトが古くなっているせいだろうから整備工場へ連れて行くように言われた。中古車だからねえ。暖かい日はそうでもないんで忘れてる。寒いと思い出させられて気になるが、寒い日は遠出したくなくて、まだそのまま。



11月某日 心に響くことを
 名前は聞きそびれたが東京駅を映像で包んだことのある「マルチ映像作家」さんに、インタビュアーが、次になさりたいことは?と尋ねたら「タッチ・マイ・ハートなこと」と答えた。ある日のラジオで。
それそれ、それなんだ、私がブログで書きたいのは。その日、心にズンと響いたこと。たわいもないこと。きれいなゴミステーションだったり、青い空だったり、季節外れの花だったり。お前もがんばってるねの道端の雑草だったり。何となく、今日はこれを書きたいというのは、これだった。私が表現できないでいたことを言葉に変換してくれた。規模は違うけれど、心意気は同じ。
 しかし、しかしである。”touch my heart” 
このタッチマイハートを英語に変換するのにケータイの辞書を2回使った私です。レベルが知れるでしょ、英語勉強会なんかにさそわないでね。使わないでいたからもう頭が錆びてる。 



11月某日 逆境は
 「生物は逆境をバネに育つ」とは、いくた某先生の言葉とラジオで言っていたのが気に止まった。
そうだねえ、トマトは肥料も水も与え過ぎないほうがいい、というしね。
TVの「ダーウインがきた」を観ていると、種を残していくための動物の工夫・へんげは凄まじい。それが進化になる。人間のように教育という手段でなく、遺伝子に織り込まれている部分が大きいのも驚くし、集団で協力しあって獲物を捕獲するわざ、身を守るわざも、人間の比ではないほど。
逆境は鍛えてくれるのね人も、発想の転換をすればいいのね、と思おう。うちひしがれていないで。願わくは。

 その続きで「生まれてきたとき私は泣いて,周りはわらっている。死んでいくとき私は笑って、周りは泣いている(インディオの格言)そんなふうでありたい」と大貫妙子が語っていた。それは自己満足。どうでもいいや。
おじいちゃんが歳をとって長いこと病気で寝たきりになって死んだ時、私は10才だったが、写真ではみんな笑っていたよ。 

ケチをつけているようですが これも touch my heartなこと。



11月某日 投票に行けばよかった
今週の日曜日、市長選挙があった。現市長の四選だったので、どうせ再選だろうと行かなかった。この市長が推進してるBRT連結バス計画には反対だ。けっか、再選はされたが批判票は多かった。行けばよかった。
 対立候補が自民党(春には現市長路線継承といっていたが立候補時は見直しなんて言いかえてた、祖父県議会議長。父国会議員、ねっからの自民党のはず)の代から自民党件議長、国会議員)と共産党だからあきらめていた。この2候補の票をたすと「現市長を超えているし、票も三者が肉薄していた。
 この2台連結バス。郊外からは乗り換えアリ(年寄には過酷)、郊外からもバスで来いというのかマイカー駐車場の準備はなし(これは×だと思う)、過疎化した中心商店街への集客要件はない(さらに中心街の衰退が見え隠れする)。
「過度な自動車依存の軽減に向けた啓発」なんてこの市長の広報にあるが、そっちのほうが楽な私は乗り換える気はない。最終的には島式乗り場(ほら都電のように真ん中に)なんて危険この上ないではないか。へんな芸術祭なんかで、お祭りは好きだが(市長は地元新聞出身)、活性化の本質的なことは、・・ある?



11月某日 バターがない
 売り場に雪印バターが消えてから、もうひと月。スーパーに朝行けばあるのかなあ。朝はボーッとしてて、買物に行けないなあ。他のメーカーのも、だんだん消えている。そちらでは、手に入る?
いや、そんな問題じゃないらしいなあ。原価が安くて儲けにならなくて乳牛農家が減って生乳が不足、その余りで作るバターの不足。もしTPPが決行されれば、日本の酪農は全滅の危機で、酪農農家の増える見込みはない・・・どうなるんだろう。



11月某日 コーヒー豆 そしてそれでも物価を2%上げたい政府!?
 コーヒー豆が粗悪になっている。あまりにも粒が小さく、かつ欠け豆が多い。そして、不味い。なんてこった。以前なら、はじかれていた豆だらけだ、デパートに入っている一流店でさえ。原材料高とブラジルの干ばつのせいとか。
今月から、UCCとキーコーヒーでは25%の値上げ。かつブルーマウンテンは販売停止(元から高かったけど、もっと高くなって品薄になったと聞く) 
もう、ネスカフェゴールドブレンド(インスタントコーヒーです)でいいかも。
 豚肉はバカ高いし、バターは朝に行かないと買えない。日用品も食品も値上がりしていないものは量が減っている。アンパンなんか一口で食べられるほどの小ささになった。そういえば、ユニクロのセーターも綿Tシャツも薄くなったなあ。
物価高なんて歓迎できないですけれどねえ。



11月某日 続・砂糖の話
もう特売ではお目にかからない。高騰しているからかねえ。それで、スーパーで、ふつうに並んでいる砂糖1kg1袋を買ってきました。税込204円でした。塊りはないです。サラサラです。やっぱり特売になる品には問題があったのかな。



11月某日 来年も生きる予定
10月半ばから来年の手帳やカレンダーが売りに出ている。年々早くなっていない?
 毎年勝手に取り置きしてくれている芹沢圭介カレンダーの取扱店。今年はじめて「お入り用ですか?」と電話で問い合わせてきた。「はい、いります(まだ、生きてますよ)」
 来年のカレンダーを贈ってきてくれた友人もいる。うん、来年も使わせてもらうね、守一さん。



10月某日 化粧下地クリーム
 リハビリ体操教室での世間話で「わたし下地クリーム使ってないわ」と言う人あり。
それを聞いて「えっ!?」との反応多し。言ってからみんなの反応に恥じいって、「化粧水と乳液は付けているわよ」、と追加発言。高齢でもきちんとメイクしてくる人の多い教室です。でも、その人は同世代では一番、肌のハリも艶も色も良いのですよ。
 黙っていたけれど、私は乳液をケチってまーす。ビチャビチャになるの、浸透圧が悪いのね。化粧水の後、下地クリームをしわに塗りこんでからクリームファンデーションを塗りたくります。塗りたくってからサッと拭き取ります。じゃないと笑うとシワのなかのファンデが山になるのです。
めったに化粧もしなくなってます。しても眉を書いて、口紅でぼやけた唇ラインを書いて埋めるくらい。年配の人の(それも痩せた人の)厚化粧は見苦しいな、とスーパーやデパートの見かける「人のふり見て我がふりなおせ」なわけ。  ふだんは生協の一点で済む「すっぴん美女」だけです。
 ゴージャスな装いの方ならお似合いですが、お歳を召したのに、顔だけは(若い時の癖で・・そうなの美容部員の指導があったのは20,30、40の頃だから当時の)アイメイクや派手なチークを入れている人をみると滑稽なんですよね。これ、自戒の言。
 下地クリームなしでも美しい彼女はうらやましいゾ。



10月22日 なつかしい声
 夕方の5時、犬を散歩させている。いや犬に付き従って散歩している。と、薄暗くなりかけた空から、キェーキェー、と懐かしい、けれどいつもより少し甲高い声が聞こえた。きょろきょろ探すと、空を黒い影が鈎になって10羽ほど飛んでいくのが見えた。
帰ってきたんだね、白鳥。子どもを連れて。お帰り~、と声をかけたくなる。ああ、もうすぐ冬が来るんだ。


10月某日 氷雨
 晴れていると体が軽くて、仕事がはかどる。あら私って働き者だったじゃないの、と思う。まあ、それも半日が限度ですけどね。次の日は、ぐったりしている。
低気圧の日や雨の日は、気も落ち込むし体も動かない。今日は股関節が痛む。
寝ていよう。晴耕雨読ならぬ晴働雨寝。


10月某日 青空
 朝、障子戸を開けると、きょうも空が青い。しあわせだ。


10月某日 リンゴジュースは残った
 夏、青森の農協からリンゴジュースをお取り寄せした。冷やして氷を入れて飲むと適度な甘さが美味しい。だんだん薄くなるのも甘ったるくならなくていい。好きなのは私だけ。私専用のリッチなお取り寄せだった。
ひとケース飲み干して、もうひとケース取り寄せた。それなのに、夏場の後半は、雨が続いた。9月も、むちゃくちゃ暑い日はそう多くなかった。
 それで、残ってしまった。あっちのうちでは、ニンジンジュースがそういうことになっている。涼しくなると、いや、寒くなるとジュースは、おなかに大敵になるので、パッタリ飲めなくなった。
 夏場は、助かったのよ。食欲がないときのお助け役でした。何にも食べたくないときでも、糖分とカロリーをこれでとって、乗り切ったのよ、ありがとうリンゴジュース。
 もっと、寒くなって、ガンガン暖房を入れてコタツにもぐる頃、また飲むかな、どうかなあ。



10月某日 空き地の花
八重の花が咲くドクダミのある空き地、ヒッツキ虫のオナモミがある空き地。
散歩の道々、空き地を眺める楽しみがあった。過去形。
さいきん、更地だったところに、どんどん家が建てられている。個人宅だったり、レオパレスだったり。
景気が良くなっているのを歓迎したいが、残念なり。



10月某日 特売品は別もの?
安い砂糖・安いヨーグルトについて
 スーパーの特売で、よくヨーグルトを買う。有名メーカーで、いつも買っていたものだから、ラッキーと思う。だがしかし、まろやかさが違う。表面がなめらかなはずなのに、なぜかぐちゃぐちゃしてる。30円の差のなかに、何か秘密があるのか? 賞味期限は間違いないのだが。
 それに気がついてから、あれっ、砂糖もへんだな、と思う。砂糖もバーゲンの目玉である。生活必需品。30~40円の差があると安いほうを買っていたが、これもサラサラでなく塊がゴツゴツ入っている。袋からだすときにつぶしているが、急ぐときはイライラする。高い正規品でも、近年はそうなのか?最近は安売りしか買っていないので、真偽は不明。



10月9日 ノーベル賞
 10月7日物理学賞の発表があった。青色発光ダイオード(LED)の開発をしたと、日本人三名が受賞した。赤崎、天野、中村の各氏。おめでとうございます。
中村氏が会社を相手取ってLED作成装置の発明に対する報酬を要求する裁判を起こし、和解はするが、日本に絶望してアメリカへ渡ったのは、まだ記憶に鮮明。その先駆的研究を他の二名が、まったく別に推進していた、のは文系な私は知らなかった。
 今日、夕日の県道を車で走っていて、この研究の成果を実感した。
交差点の信号機は古いタイプと新しいタイプがまだ混在していた。古いタイプは信号のガラスに着色があるのか夕日が当たると、すべての色に信号が光って見える。それで、いつ発進してよいのかいつも迷う。
この頃、その迷いがあまりないと思っていたら、新しいタイプはLEDだったのだ。青信号では青だけが光る。ほかの色は・・色が全くない。黒く見えるだけ。夕日が当たってもほかの色が光ることはない。これだから迷いなく発進できるのだ。何と身近な発明だったことでしょ! 
地球の温暖化に貢献というが、こんなに身近な安全もLEDのおかげなんですね。ありがとうプロフェッサーたち。

 文学賞は騒ぎすぎ。長ったらしい題名の本を書いてる日本人は、どうも、よくわからない。
私の好みとしては三島由紀夫。三島ががもらっていたら、まだ生きているだろう。何を書いているだろう。別な次元を覗いてみたい。
 絶筆宣言したのに、まだ書いてるノーベル文学賞受賞者も如何なものか。親だからか。



10月8日 皆既月食
 美しい月だった。
あまり美しくて「幸福(しあわせ)」という映画を思い出した。いや、題名が思い出せず「映画音楽 モーツアルト」でGoogle検索して探した。美しい映像美しい音楽しかし残酷な映画だった。(映画は月は関係ありません。大塚ひかり著の『竹取物語』を読んでいたところだったので、美しいが残酷、つながり)

月の写真を撮ろうとしたが、だめだった。ぶれるぼやけるおおきくできない。
師匠はお撮りになられたか?



10月某日 洗濯洗剤を変えたわけ
 今年まではニュービーズとかアリエールとかの液体洗剤を使っていた。常でも安いし、さらに特売があると多量に買い込んでいた。とくにこだわりがあるわけではなく安い・簡単がモットー。
ところが最近、きゅうに香料が強くなった。洗い終わってタンスにしまって、それを出して着こんでも匂いが鼻について息苦しい。臭いわけではない、フローラルな、といえる花の香りなのだが、やたらキツイのである。金木犀が苦手になって、お彼岸の一本立ちの線香(曹洞宗)でもむせる私の体調の変化のせいだろうか。
それとも若い人の間で、香料のきつい柔軟剤が流行っている傾向をうけての製造元の変化なのだろうか。(これは隣人が迷惑しているという問題も出ているね)
 そこで、しかたなく、超コンパクト、防カビ・抗菌パワーなんてのが売りの、値の高い「アタックNEO」に変えた。匂いはおだやかだ。少量でよいと言うから、バカ高いわけではなかろうが、ついついクセで量をオーバーして使っている気がしている。大量に買いこんでしまったニュービーズは犬のタオル洗いに使わせてもらっている。(ホームズ堪忍ね)
 まあ、いまのところ、これで息がむせることはない。しかし、なんとなく、メーカーにやられた気がして、おもしろくない。しゃくだ。



10月某日 昔の教師は
「君たちは馬鹿だから知るまかろうが・・・」というのが口癖だった古いタイプの「歴史の教師 植村清二」の伝記本を、先輩でもある叔母から貰った。息子が書いている。
あなたも習ったでしょ?と言われたが、よくよく年表を見ると私の入学前に退職していた。知らないわけだ。
 大阪の人。読書好き・歴史好き少年。東京帝国大学で東洋史専攻。松山高等学校教授から新潟高等学校・新制大学の教授を勤め、老いては東京へ戻って国士舘大学へ。
家は貧しく、資産家の奨学制度のおかげで大学を卒業。家族を持ってからも妻が早世し家事などの苦労もしているが、学問的には一徹。戦中は軍国主義化を厭い、戦後は進歩主義者とは一線を画し、反動右翼のようにも言われたとか。
 中国史をまとめた『万里の長城』(中公文庫)は、今も出版され続けている(買ってみよう)。
直木三十五の弟。そういうツテもあってか文筆活動も戦後は多い。丸谷才一、野坂昭如、利根川裕などが教え子で、叙勲の祝賀会やら追悼文集などは盛り上がっている。
  というか、昔の帝大出は松山や新潟なんかの田舎学生には「君たちは馬鹿だから・・・」と演壇で、いばっていたんだねえ。私らの時代も東大・京大出の教授が多かった。直接には言われなかったけれど、馬鹿にされていたんだろうな、実際バカだったしね。



10月某日 犬の散歩 「何か月?」
 犬の散歩をしていた時のことー近所で住宅建築している工事現場を通っていた時のことーです。そこで作業する人たちはみな愛想がよく、トラックや作業車を道に留めているので、出会うと毎回、「おはようございます」とか「こんにちは」とか「すみません、ごめいわくをかけします」と、目線を合わせて挨拶してくる。さすが大手の建築屋さん(ミサワホーム)。気持ちがいい。近在の工務店が建築してる現場だと、脇を通っても、だいたいは知らんふりしているよ、えらそうな態度でね。
 きょうは、犬をみながら、「何か月ですか」と聞いてきた。一瞬なんのことかとキョトンとしたが、あ、ああ、若く見られたのだと合点して、「若く見えますが11才ですよ。」と答えた。夏に毛を刈ったから仔犬に見られたのだわ。
あとから思った。サッと計算ができて11×12で「132か月です」と答えていたらおもしろかったのにね。いえ、正確に言えば夏に誕生日が来ているから12才だ。忘れてた。8月5日が誕生日。12年と2か月で146か月です。暗算苦手だなあ。



9月30日 彼岸花
9月半ばに植えた彼岸花は今年はダメだろうとあきらめていた。
それなのに、全然違う場所で一輪すっくと咲きはじめた。まあ、蒔かぬ種は生えぬから
私が蒔いたのか。喜びと(記憶の無さからくる)哀切あり。



9月某日 きょうの驚き 舌切り雀の原型
 小学校1年生の学芸会は 舌切り雀のおばあさん役だった。観客席の男の子が「やあ、意地悪ばあさんだ」、と声をかけてきたのを苦々しく覚えている。その初舞台から12年ちょっと学生時代は演劇にはまっていた。という因縁のある昔話で、同じ夫婦なのに女だけおとしめられていて、ひどい書かれようだと納得いかない物語だった。
 切れ味のいい古典評論家・大塚ひかり『竹取物語』『本当はひどかった昔の日本』を読んだ。
昔話「舌切り雀」」には原点があったとある。
鎌倉時代の『宇治拾遺物語』1221以降の「雀報恩の事」がそれ。(まだ原点を捜査していないが)
主人公は女ふたり、たぶんどちらも六十の婆。 (へぇ~)
それぞれ子どもや孫と一緒に暮らしている。ひとりがけがをした雀を飼いはじめる。雀は御礼に夕顔の種を持ってくる。
子や孫たちは、雀なんかを飼う婆を、老いぼれが、とあなどって、種をありがたがる婆をバカにする。ところが美味しい実がなると「笑ひし子孫もこれを明け暮れ食ひて」、残った実から白米が出てきて、おかげで一家は大金持ちになる。
それを隣家の女は、家族に「同じ年寄りでもうちのはたいした事もできない」といわれ「私も子供に褒められたい、隣の女より、もっと」と思い、わざと3匹の雀の腰を折って世話をし報恩を待つ。その結果、雀にもらった種から出た毒虫に刺されて死ぬ。物語としては「だから人をうらやむものではない」と結ぶ。
まあ、なんてこった。

 作者は、意地悪さや強欲でなく、むしろ、老人への冷たさが根にあると書いている。はじめの婆さえ、子からバカにされている。隣の婆も金欲しさではなく家族に認められたい一心からの愚行なのだ。家族から小ばかにされ、ないがしろにされている老人。
役にたたず、厄介者で、醜い老人は嫌われ者・・・。
老醜、これは源氏物語でも枕草子でも出てくるそうだ。「あな見苦しや」、とか「老いてはべれば醜きぞ」と。
親孝行の儒教思想以前の平安・鎌倉文学では老人への敬意のなさが顕著。 醜いのは前世の報い美しいのは前世の賜物という仏教の思想があり、老醜は貴族の美意識に反するものだったと。
 育児放棄、捨て子、マタニティハラスメント、毒親・・と古典文学に書かれた社会の実情を大塚流に切り出して解説していた本だった。興味深くおもしろかったが、読後感はよくないぞ。



9月某日 料理下手
 このごろ、キャベツを千切りするのも、大根を短冊に切るのも、苦手。魚もよく切れない。
包丁はマメに砥いでいるのに。歳をとると料理が下手になるのか。
手の力が抜けるのか、視力が悪いのと集中力がかけるからか・・。しかたがないねえ。
あるとき、重たい木のまな板を出して魚をさばいた。あれ?
するすると切れる。野菜も切ってみた。ザクザク、サクサク切れる。まな板のせいだわ。
 最近は、うすっぺらいプラスチック系の抗菌仕様を使っていた。汚くなるとすぐ捨てる。木はどうしても黒ずんでくるので、衛生上良くないかと、あまり使わないでいた。重いし。
木はー天然のものはー刃を、身に受け止めてくれているのだね。プラ素材は、刃を跳ねかえすだけ。
それで、刃が滑るのか。めんどうだけど、アルコール消毒をしながら使うかな。重いけど。
ま、それだけで料理がおいしくなるかどうかは別です。



9月某日 ラジオで
「きのうの空をスマホでゴミ箱に捨てる」
松山発の五七五の時間。とても「俳句」とは言えないものが多いが、素敵な切り口が多くて好きだ。
この句も。はじめ意味がわからなかったが、解説を聞いて納得。
きのうの空がとってもステキだったのでスマホ(ケータイ)で、写真を取ったが一日たったら、そんなに素敵だとも思わなくて、消去(ゴミ箱に捨てる、マークが出る)した、と。あるある、よくやってます。



9月某日 お風呂が熱い
 この頃、お風呂に入って、最初に掛け湯をすると熱くて、びっくりする。水道の水をたして何度かかけてから、湯船におそるおそる入る。熱い。
夏から、設定温度は変わっていない。私の体が冷えているんですね。出るころには、ぬるく感じて追い炊きしてる。
ツレアイに、「最近、お風呂に入るとき熱くない?」と聞くと「わかりません」という。感覚がマヒしてるのね、ホントに。糖尿病性神経麻痺になっている。気を付けてあげよう。



9月某日 写真
 友人から、おばさん集団の写真をみせられた。どの顔も、おぼろげにぼやけて見えて、あれあれ、また目が悪くなったか、と思った(はっきり言えば、老眼か、白内障の進行かと)。わかる?といわれても、わからない。なんの集団だろう。
それは、私は全然参加していない高校の女性同期会の写真だった。そういわれても、思い出せない人ばかり。名前を聞かされてもわからない。名前を憶えている人も顔が記憶と一致しない。同級生だった人でも、ほとんどわからない。(二人ほどはおぼろげにわかった) まあ、長い年月が経っているものねえ。 
あーあ、目が悪くなったし、記憶力も落ちたなあと、情けなかったです。
 が、実は、この話には、別なオチがあるのです。ほんとに写真の写りがわるかったのです。ぼけているんです。なぜって、幹事さんの持ってきたカメラは、使い捨てカメラだったのですって。
エッ!?あの「写るんです」? まだあのカメラはあるの!?
いっとき一世風靡でしたが、今の若い子は知らないでしょうね。
写真を見せてくれた人も、びっくりしていました。私もです。
(ま、この日、車のギアチェンジを間違えて、同乗者をあわてさせていますから、私がぼけてることには、かわりありません)



9月某日 庭、その他
 ずいぶん前に頼んでいた庭の剪定(シルバー人材センター)だったが、やっと来るという連絡が入った。どうせ、また8月の末に来るんだろうと思ってはいたが、もう9月半ば。
あきらめていたので、低い木は、自分で刈っていた。ツゲの刈り込みが楽しくて、また電動草刈機を借りてきたところだった。
 庭師が入るとなると、やることがある。それは草花の保護。庭師は、樹木しか見ない。だから足元のコスモスやネジバナ、野薔薇、斑入りドクダミなどは、踏まれてしまうか刈り取られてしまう。それで、前触れがあると、あわてて幅広の白いロープを張って:保護地区を作る(目立つように円を作る)。
朝一番の仕事に、はりきって動いていたら、空が暗くなり、驟雨になった。やれやれ、今日は来ないね。
 その後、しっかり晴れわたったが、やっぱり来なかった。
ご老人たちが熱中症になってはいけないから、猛暑の時はシルバーさんたちは仕事を休んでいたと、近所の噂アリ。雨模様も、避けておられるかな。風邪をひかぬように。
 午後は(働き過ぎが足痛の原因だから)読書。貸し出し期限の過ぎた本を返しに図書館へ行ったんである。今日の外出はこれだけ。いつのもように、ついでだからと、スーパーを三軒はしごをするのが足に悪いと気が付いたわけで。お金も使わなかった。週に一回しかスーパーへ行かない人はえらい。余計な出費は減らせるね。
 返却コーナーに『わが孫育て』佐藤愛子著があったので借りてみた。へっぇー、あの佐藤愛子が孫を育てたって?いえ、全然育ててなんかいない、娘夫婦が同居してて、見てただけだった。なあんだ。
歯に衣着せぬ毒舌で、小気味よくて好きな作家だが、ことし90才だった。ありゃ、母と同じ世代だ。え?私って、その世代に共感してきたの?
う~ん、昨日はラジオから流れる、笛吹き童子や紅孔雀を一緒に歌っていた。なんなら「壺坂霊験記」の出だしも唸れるよ。
 


9月某日 季節の変わり目
 先週、こたつを出した。いや、出しっぱなしだったが、布団をかけて、コードを設置。
夜は、ぬくぬく使っていた。
 先週クリーニング屋からとってきたパンツ〈ズボン)を出した。冬はアンダータイツ(ももひき)を履いて、これを履いている。夏のペラペラだけでは、冷える。寒い。
 晴れていて、日に干しても洗濯ものが乾かない。ひざしが弱い。しっかり秋だ。



9月某日 ロドトルラは酵母菌で、カミノケホコリはホコリじゃない。
横文字に弱くなった。メモしておかないと覚えられないので、これは自分のための備忘録。
 モジホコリ。なんとかホコリは粘菌。
粘菌は生物。 動物で植物でもない? アメーバの仲間。
カミノケホコリも粘菌。埃じゃない。南方熊楠のように粘菌大好き少年をテレビがドキュメンタリーにしていた。こういう子が学者になるんでしょうね。ほら、先日の恐竜女子も。

 ロドトルラ。これは酵母菌。ほら、浴室の隅にできたりするピンク色のヌメヌメ。カビではないがほおっておくと白や黒のカビになる。ピンクのうちに退治すればカビも生えないそうだ。これもテレビの知識。
うちの白いセッケンが赤くなるのはコヤツのせいか?それで薬用せっけんに変えている。私だけ。
 モンクロシャチホコはシャチホコでなくて毛虫だって。
うちの野葡萄にはカイガラムシがついた。白い貝みたいに木にへばりつく小さい虫。これもやっかいな害虫。



9月某日 古い天ぷら油のゆくえ
 「天ぷら油で走ってます」と書いたプレートを付けているトラックが、数年前に走っていた。市内の廃油回収が始まって、その会社(○○工機)へ私は廃油を持って行く。ガレージにはクラウンとおぼしき高級車が並んでいるが・・・?これが?
社員さんに聞くと、「トラックはまだ天ぷら油で走っていますが、天ぷらくさいですよ。」ですって。再利用してもらえて、ありがたい。お腹の弱い私は一回きりしか天ぷら油を使えないのだ。



9月某日 本
 『死ぬまでに見たい洋館の最高傑作Ⅱ』という写真本を、返却コーナーで見かけて借りて来た。
でも、なんて表題なんだろう。死ぬまでに、なんて言ったって、死んでしまえばどうでもいいこと。もう少しましな言い方があるんじゃないか、と思いながら、インパクトはあるので、こうして私は手に取っているなあ。
赤坂離宮のほかは沼田、岡谷、桑名、と地方のお金持ちが建てた洋館が多い。今ごろ地方活性化なんて政府は言っているが、今より「昔」のほうが地方に富裕層が多かったはず。大地主もいたし、山林王も鉱山主もいたわけだ。そもそも、かつては地方分権の連邦国家だったじゃないの、日本は。各地に藩主がいて自治があった。東京が別邸で本邸は地元。一極集中の大企業応援政府が地方の富と文化を壊したのに。
 この本のなかで一軒だけ知っている建物があった。長楽館(村井吉兵衛別邸)。京都市の丸山公園の中にある、喫茶店だ。古びていて重厚だが落ち着かなかった気がする、むかーしのことです。
 文句を言いながらⅠ巻を予約している。



9月某日 「NHK夏休み子ども科学電話相談」で
 夏のNHKラジオの楽しみがこれです。高校野球があると中断になるんで残念です。
今年のヒットは「おかあさんはどうしておこるのですか?」。
5才のふうこちゃんからです。
「おかあさんはいつもおこるの?」「はい」
「どういうときおこるの?」「つくえのうえをかたづけなかったとき・・とか」
「どうすればいいかな」「かたづければいいとおもう」
では、と先生。おこられないようにするには、のコツを伝授。
おかあさんがおこったとき
「こんどちゃんとやる。ちゃんとやったらほめてね、」とおかあさんにいおうとアドバイス。
この放送を全国のお母さんに聞かせたいね。大きな子どものいるわたくしめにもズシリと効きました。

 もう一つ、感心したのは中3の少女からの恐竜の相談で、プラキオサウルスとアパトサウルスの話(私にはなんだかわからん)。
前脚が長く、後足が短いのはなぜですか仮説でいいから聞かせてください、というもの。要点をつかんだ質問の言葉の正確で、丁寧なこと。
先生は、「あなたの仮説はどうですか」と聞きかえし、少女がスラスラ答えると、そうですそれでいいと思いますとうなずき、北大においで、と誘いました。すてきなリケジョになりそうな賢い少女と、相手を立てる指導をするすてきな先生に拍手だ。



9月某日 なぜに代々木公園?
 また、蚊の話。今日で、デング熱患者66人。一匹の雌蚊が産卵準備のため一生に3,4人を刺すというから、15匹は居たわけだ。なんてたくさんの蚊!
蚊の捕獲を都は実行したが、4か所で保菌蚊発見、だいぶ離れた場所でだった。
もし、只一人のデング熱ウイルス保菌者が代々木公園を訪れて、そこを全部歩き回って、そんなにたくさんの蚊に刺されたってことがあるのだろうか。(今回刺されたというタレントさんは33箇所刺されたというからあり得るのかなあ)
冗談で、これテロじゃないの?と家人に言ってみたが、言ってから数日、なんだかほんとうかもしれないと思ってしまった。
 (国立)予防医学研究所の研究者は、たいした病気ではないと薄笑いしながら答えるが、そうかな。小児・老人が気づかずに悪化したら、わからんよ。
せいぜい1か月すれば収束するというが、この1か月は代々木公園は封鎖かな。では、そのあいだ何が? 気になって検索してみると
9月23日反戦・反原発集会がある。一部ブログでは、それをつぶす陰謀説をぶちあげている。
また、特効薬開発の某・海外メーカーの陰謀説もあった。  そこまでは、考えたくないが、公園内に暮らすホームレス30人は発病していないという。ふしぎだね。とても疑問が残る、というのは
つい最近までNHKで、数学科の女子大生が数式で事件の謎を解くドラマをやっていて、新種ウイルスをまく犯罪の最終回解決編を観ていないから、なんだかデジャブなのだ。



9月某日 蚊
 小さい蚊が、網戸の網をくぐって入ってくるらしい。はじめは飛蚊症が悪化してきたかと思った。目の前を小さな黒い点が移動していくから。
それに気づくと、あとから首筋や肘がかゆくなるので、奴は生きている蚊なのだな、とわかった。ヒトスジシマカではないが、今頃活発に活動している奴がいる。気を付けよう、と蚊取り線香を焚く。臭いの少ないものを選んで。
虫刺され薬。「キンカン塗ってまた塗って♪~」とCMソングにあるように、虫刺されの薬は何度も塗らないと、いつまでもかゆい。はじめっからステロイド剤を塗ればいっぺんで治まります。



9月1日 デング熱
 赤道付近の伝染病が、渡航経験のない若者にも広まっている。それもNHKのとなりの代々木公園が発信地らしい。蚊にさされて。
その蚊はデング熱ウイルスを持っている人間の血を吸ったために体内にウイルスをうつされた。始めは3人、今日は19人。そのなかには、おとなりの新発田市の若者もいる。
 新発田の保健所では注意情報を出しているそうな。なぜに?
もし、この若者が感染してから当地の蚊に刺され血を吸われると、その蚊はウイルスも飲むわけで、次に刺された人は、このウイルスに感染するのだとか。
キャ~ また蚊の話だわ。ボウフラ対策、もっとしなきゃ。 まったく、この夏ときたら・・・虫虫虫



8月某日 虫の災いの夏 1
いやな話だからパスしていってください。自分の備忘録です。
 洗面所の鏡の前のガラスの花瓶の話です。
あるとき、中で泳いでいるメダカを見た。小さいからメダカだと思った。夫が床屋へ行って、そこの水槽でメダカを飼っていた、という話を聞いていたので、もらってきたのかと思った。いや、もっと小さい。それは、横に泳がず縦に動いている。う?さいきん目が悪くなっている。じっと目を凝らしてみると、それは蚊の幼虫ではないか。ボウフラなんて何十年ぶりにお会いしたか。ぞー。
 北越病院の院長が病室に生花を持ち込むな、と見舞いの花束が届いたときに怒って撤去させていたが、こういうことか、と今頃納得した。花に付く虫だけではないのだね。
花瓶にちょっと漂白剤を入れると花が長持ちするというが、効果はそれだけではないと何故に生活の手引き本はそれを言わないのだろう。
病院・ホテルでは洗面台も綺麗に拭いて清潔に保っている、それを見習わねば。ふー。

虫の災いの夏 2
これはK子さんの話
 押し入れにしまってあった使っていない古い羽毛布団に黒いシミがあるので見てくれ、といってきた。どれどれと見るとシミなんかない。おかしいね。そういっていて数日後
部屋の片隅にたたんでおいて、その上に置いていた古い枕(そばがら枕)をどかすと、やはり黒いシミあり。その黒いシミが点になってザワザワと広がっていった、動いた、虫~!という報告あり。
枕は即刻、廃棄処分。(そうなのです、そばがらには虫が付くのです。昔はわたし、電子レンジでそばがらを出して殺虫をしてたもんです)
 売っているときは抗菌と書いてあっても、袋から出せばその効果は無しです。布は抗菌でもそばがらに抗菌はできない。
ちなみに三越の枕売り場の人も、そばがら枕は2年(が賞味期限)ですと言っていたっけ。
 さて、その布団はどうしよう。捨てるのはもったいないが使いたくはない。では丸洗いができるか?
私がお試しで、コインランドリーに自宅のタバコ臭の布団を持ち込みました。OKでしたよ。臭いもとれましたよ。お湯洗い、加熱乾燥で虫も死滅するはず。
 ついでの話。私はずっと、そばがら枕の愛用者だったのですが、頭がかゆいような気がして、最近はパイプ枕にしてました。ヘタってきたので高級品を買ったのですが、肩まで覆うタイプで、夏場はかえって汗をかきました。
結局、8月になってイオンでそばがら枕(450円)を買って一年で使い捨てにするつもりにしてます。そばがらは断然涼しいです。(蕎麦アレルギーのMさんはそばがら枕も使えないんですよ)。天気のいい日はきちんと日干して使っています。



8月某日 悲観論者
 物事がうまくいかないとき、最悪なことに連想・妄想が走るタチである。そして、そう悪くはない時から気に病んで、ガックリ気落ちしている。損なタイプだと思っていた。
 ある時、何かの本で、そういうタイプには、それより悪いことは起こらず、覚悟はできているので結果的にはラッキーだと思える状況に落ち着くから救われているのだと書いてあった。そうだ、ダメで元々なので、どんな着地点に立ってもそれよりはましだ。
 地震、水害、放射能汚染、土砂崩れ、ここのところ、さんざんな天災が起こっている。
その想定外の災難からは逃れられている私はまず、いいほうだ。
 そして、トンネルの出口が見えればー何かしらの解決策・修復方法が見つかりさえすればー今が悪くたって、力は出るタイプです。
と、自分を分析してみるけれど、周りからは辛辣で優しくない奴と思われている。
たとえば、知り合いの呉服屋に何十万円もする浴衣地を勧められているツレアイに「着ていくところがないでしょ、棺桶にかけてやるしかないわよ」と言って、義理買いを辞めさせた女房である。そのとき数万円で義理買いした浴衣だって、着るときはないのです。



8月15日 きょうは何の日
 「きょうは8月15日です。戦没者慰霊の日です。みなさん黙とうをお願いいします。もくとー!」
と、消防署の(屋外作業署員のための)屋外スピーカーから聞こえて来た。12時だった。いっしょにちょっと黙とうする。
終戦記念日でも敗戦記念日でもないのだね、公式には。
 天皇皇后は千鳥ヶ淵の戦没者記念碑に拝礼している。首相、大臣もそれで充分なのだ。閣僚の身分で神社に詣でるのはいかがなものか。この国はいつから政教分離をやめたのだろう。



8月某日 便秘の友
 以前、トイレに『OL進化論』を置いていた。今もある。4コマ漫画で肩がこらないので、読んでいたが、4コマでは短すぎる。
 それで、『図書』とか『波』『scripta』とか、出版社発行の小冊子を置いていた。最近は『究』とか『本郷』も。
数ページのドキュメンタリーや連載もの、学術的なものを読んでいたが、字の小ささに読みづらくなってきた。知識は楽しいが肩も凝る。理解不能なハイレベルに、出るものも躊躇しているようだ。
 5月に入院していた時、売店の買い物ついでに週刊誌を買った。個室のトイレで読もうと思っていたが、いつなんどき来客(看護師、医師)が来るかわからないので、そのヒマもなく退院。自宅トイレに置いていた。これが、いい。
で、今もときおり週刊誌を買ってくる。文春とか新潮。
特集記事より、1ページ読み切りのコラムがいい。たいして重要でもないことを、おもしろおかしく原稿用紙を埋めて稼いでいるコラムニストがいい。頭を使うことなく、気持ちを動揺されることなく、紙面に集中できる。くすっと笑っていられる。その間に、本来の来訪の用事がするりとすんでいる寸法。高尚・典雅を求めず。



8月某日 「図書」に
 赤川次郎が「三毛猫ホームズの遠眼鏡」と題して、毎月随筆を乗せている。小説はダイジェスト版のようだったり、コミカルだったりするが、この人は社会や政治に対して大真面目である。
 武器輸出三原則の見直しの時には「STAP細胞」ニュースが一面を飾り、集団的自衛権を通したのはサッカーW杯熱狂の最中という見え透いた政権の意図を、明言している、そして何の抵抗もしないジャーナリズムを批判している。そうだよねえ。へんだよね。
福島原発の終息の見通しも立っていないことも言葉にしている。どうでもいいことを書いてエッセイ料をもらっている作家が多いなかで貴重な人材。
 この人の文章を読んでいると、そうだよ私はおかしくないよねえ、と安堵する。と、前にも書いていたような。



8月某日 新潟日報に
 齋藤惇夫の回想録が夕刊の一面トップでの連載が始まった(8/7~)。さて、原先生の話がでてくるかな、どうかな。

 先週、絵本『うらしまたろう』を借りてきて、あらためてその語り口調の良さにびっくりした。よい本は声にだして読んだときにわかる。甘ったるくない。佐々木喜善の研究者の時田史郎、この再話者も福音館書店の編集者。いい仕事してましたね。
ちなみに、浦島太郎の海は丹後だから日本海、秋野不矩の絵も日本海の青緑、青暗さをよく表わしていて、それも親近感あり。



8月某日 あっというまに8月
 7月は、犬の皮膚病にふりまわされていた。誤診からはじまって、薬を塗るほどに、医者に行くほどに悪化していくのを見ているのは辛かった。
湿疹ではなくニキビダニという寄生虫が原因だったのだ。悪化して皮膚の顕微鏡検査で判明した。始めに投薬されていたステロイド塗り薬はかえってダニの繁殖をうながしたのだった。しかも特効薬が効き目を現すのは何週間後、薬が強すぎれば致命的なダメージ(心臓病に)もあるという治療が始まったときは、病院を出てオンオン泣きながら帰った。それからもどんどんひどくなっていった。
 知人が、ガンの手術を受けたり、脳梗塞になったり、親御さんが救急搬送されたりと、人間の大変さが行きかっていたが、私の目は犬の皮膚に囚われていた。
自分の病気の予後の悪さを理由に、犬をほったらかしにした自責の念も強かった。犬の部屋は物置小屋と化し、掃除のサボリで埃だらけカビだらけ、湿気だらけの古家におきっぱなしだった。
 どう、看護したらよいかセカンドオピニオンを経て、注射も効いてきてやっと好転していったのが8月1日。薬用シャンプーをしていたら、膿が固まってぶ厚く張り付いていたカサブタが取れて綺麗な皮膚が見えた。はじめて安堵した。
 犬のおかげで、自分の薬の飲み忘れもなくなった。同じ甲状腺機能亢進の薬を飲んでいる。毎日おなじようにケアすることの大事さ、毎日が大事なのだった。



7月某日 メメントモリ
『やがて消えゆく我が身なら』(池田清彦)ではないけれど、
やがて消えゆく我が身だから、じつに確実に平等にいつか人は皆死ぬのだから、だいじょうぶ。今を大切に。メメントモリ(死を思え)。と、自分にいいきかす。



7月某日 しわ論争
眉間のしわの話です。若い時から私は縦じわ。険がある、と夫は嫌う。
夫は横じわ。猿みたい、と私はバカにしてた。
鏡は見ないようにしていた私だが、先週、戸外で車の窓に映った自分を見て驚いた。わたし、縦も横もある!
(家の中は薄暗いので、よく見えないのだが、日の光を浴びた外では美容室の鏡には絶対に映らないシワがくっきり見えるのだ)
縦横無尽、いや顔面格子柄。トホホ。努力しているけれど、萎んでいるらしい。



7月某日 家族には言えない話
和風焼菓子の大箱詰め合わせをもらった。喜んで食べたが、その後、顔や首、くびれ部分が痒くなることが2回あった。なんだろう?このジンマシン症状。他のメーカーもので、水ようかんで、ダメなものがある。甘味料に問題があるのかなあ。他の人は何でもないようだから、黙っていて食べてもらおう。私はやめておこう。

  先般、家族に内緒で、某ホテルのバイキングで昼食を取った。シェフがわざわざ焼いてくれた豚肩ロースステーキを、出されたまま素直に2枚食べた。脂がたっぷり。久しぶりだ。「とても美味しかったです」と喜んで支払いをしてきたが、その後は胃が痛かった。きわどく薬を飲んで治まった。脂ものは苦手だったのを忘れていた。
その夜は、あっさり系の夕飯になった。いつものことなので、誰も気がつかない。内緒ごと。
  (読書(アイヌ関連本)訂正あり)

7月18日 蝉の声を聴く
 大雨警報が出たり引っ込んだり。引っ込んで薄日が差したとたん、蝉の合唱が聴こえました。
遠方の友はヒグラシの声を聞いたそうですが、(ああ、ひぐらしは風情がありますねえ)こちらは無粋に アブラゼミです(苦笑)。雨が上がると暑くなるのですね。
数日前は、家の上で「ピーヒョロ」の声を聴きました。トンビですね。こちらは、晴れ晴れとしてのんびりした気分になりました。



7月某日 これも目の病気センキアンテン
 昔、眼科へ行って診てもらったら、なんともないですよ、と言われましたが、出がけにこの発作が起こって、さすがに車の運転はできませんでした。30分、静かに座って、視野の稲妻が消えるのを待ってからでました。 
原因は毛細血管の死。チッ。また脳細胞がいくつか死んだわ!私はボケが早いだろうね。
と、言ったらツレは「ボケる人は仕合せです」、っていうのよ!そりゃそうだけど、車の運転は気を付けようよ。



7月某日 雨上がり
生け垣の剪定をする。明日は「草・木」のゴミの日だから。
滝のように汗が出た。新陳代謝がたかまったのだね。これが私の運動。



7月某日 読書
 『コタンの口笛』からはじまったマイ・「アイヌ」ブームは
萱野茂の『アイヌの昔話』を買うところから広がった。
第一話は「ススペチッチ ススペラン」は、フリという大鳥の神が欲深で食べ物を分け与えなかったためその報いを受けてぶざまな死に方をする。そして「だからいまいるフリよ、食い根性を悪くしてはいけません」と結んでいる。
ほかの話も「だからいまいるアイヌよ、どんな道具でもたいせつにして・・・・道具の神は必ず恩を返してくれるものだ」「だからいまいる子どもたちよ、おじいさんやおばあさんに不幸をしてはいけません」「だからいまいるアイヌよ、親をだいじにしなさい」と生活の指針となる語り納めの教訓が付いている。
あるいは「そんなわけで、・・・いまでは何もほしいとも、何を食べたいとも思わないで暮らしているのです」 という状態が幸せに暮らしたというオチになる。
教訓や徳目を、そう言って、炉辺で次の世代に語り伝えたのだろう。文字を知らないからと未開人だと近世の 日本人からさげすまれたが、つつしみ深く欲張らない生き方はアイヌのほうが身についていたから、そこをしたたかな和人に付けこまれたのだろう。

 つづいて、『アイヌの暮らしと伝承』(ジョン・バチュラー著)に、はまっていて、図書館から更新更新で借り続けている。6週目。
1876年明治時代から北海道に滞在していた宣教師が書いた本で、当時のアイヌ部落の人々の中に入っても暮らし、生き生きとした様子を再現している。アイヌの民族と信仰をけなすことなく、愛情を持って文化・言語を紹介していたが、第二次大戦で離日した。
1923年の調査ではアイヌ人口は15461人で戸数3504戸とある、本ができた1927年には-300人というが、今はどうなのだろう。
 バチュラーの説では、神武天皇東征以前に日本の国土を占拠していたのはアイヌであって、地名をみればわかる。たとえば富士山。アイヌ語では「フジ・フチ」とは「祖母」「火の女神」の意。富士山麓の「スバシリ」は「蒸気の出る土地」の意と解説。
そして、和人は土着の民を土蜘蛛(穴居人)と呼んでいたが、古代のアイヌ人は土の家に住んでいた形跡が見られる。
ただし、現在のアイヌ古老は、穴居人は「コロポク」(土の下に)のコビト、「コロポク クル」で、敵対する悪神と言っている。バチュラーはサハリンでこの穴居家屋を見ている。
720年をはじめ、878年までも和人との大きな戦いがあった。そのたびに勢力を失い北海道に退去した。エミシ=アイヌ人との説。
(今の学説では、このエミシも穴居人も、別な種族である、となっているが、柏崎の転堂(ころびどう)はコロボックルに由来すると博物館学芸員から聞いたことがあります)
 細部も興味が募ります。
女性の口の入れ墨は、今の感覚からすると不気味なようだが、悪神を退けるもの。そして既婚女性の結婚指輪のようなもの。近世まで続いた日本人女性のお歯黒も、けっこう不気味だが同じ意味だろう。
髪の毛を切らないのは、サムソンの力の源に通じる。
 遺体のそばに、生前の持ち物をこわしたり切り裂いて埋葬する。弓矢・衣類・椀などの霊魂を故人とともに天上界へ送り届けるためである。アイヌ人は「生命あるものはすべて動く」と考えていた。風、水、道具、家も。霊魂は永遠・不滅の精髄だと考えられていた。(そうなれば、人間は謙虚になるわけですね。)
これは、卑弥呼の墓かと推量されている平原(ひらばる)遺跡の墳墓から出土した鏡もことごとく壊れていることに通じるのでは。原田大六は否定しているが、わざと壊しているならば、アイヌ人と同じ思想だと考えられるではないか。
  まだ、半分も読み終わってません。もったいなくて。

 このノリで、民俗学の書棚から、金田一京助の『ユーカラの人びと』を見つけ、借りてくる。バチュラーと同時代だったのか!つながり発見。
この本の中に樺太アイヌ日高アイヌの盲目のユーカラ伝承詩人ワカルパという人が出てくる。『コタンの口笛』にも、熊の彫り物名人として、この名が出てきたっけ。『・・口笛』の作者が知らないわけはない。つながりを発見してうれしい。
 金田京助は中学の校長の友人で、中学に講演に来たことがあった。この時は石川啄木の話。田舎の中学生は啄木なんか知らなかったけど、話の面白さは覚えてる。
毎晩のナイトキャップが、たのしみだ。
 最近の学術的な(DNAやら考古学やらばっかりの)無味乾燥ぎみの解説書*1も、問題意識を深めてくれるが、この明治の人たちの著作は、より人間味があって、ほんのり安らいで眠れる。
  *1(いや、アイヌの至宝といわれる鍬形「ペラウシトミカムイ」が、意外や、ちゃちいペラペラの安物であった驚きを書いている瀬川拓郎の感想はおもしろかった。
銅鐸どうよう、祭器であるが、銅鐸の時代は青銅器を作る持つのは本当にステータスであっただろうが、江戸時代だ。実用でも交換物でもない人に見せないもの故に、和人に騙されて高額で交換された可能性もあるかと私なんかは思う。)
  


7月某日 ギャベ? ギャバ?
 さいきんの若い人に人気のカーペット。シンプルで鮮明な色で。
夏に、真っ青なカーペットを敷いたら、素敵ね。
何回聞いても、「あのギャーなんとか」といったり、「ギャバだっけ?」といっては
「ギャベでしょ」とあきれられてます。ピーチかビーチか、笑った罰。
 (ギャッベ=イランの遊牧民の羊の織物。元の意味はゴミ。昔は庶民のもの?)



7月12日 緊急速報
 4:22、スマホの緊急速報で起こされる。「福島沖で自身発生 強い揺れに備えてください」
そのけたたましい音(音声を消音モードにしていてもたからなに音楽が鳴る)に、一家みんな起きだして、テレビをつける。電灯のコードが揺れたくらいで、当地はたいしたことはなかった。仙台・福島地方でも震度4程度で済んだようだ。ホッとして、またカックンと寝た。火事場の糞力は、緊急時以外は働かない
 まあ、よかった。関東沖で消えた台風も、この近辺では大した被害はなかった模様。



7月某日 歯医者さん
 欲のない主治医の話です。
歯が欠けて、診療に行くのをきっかけに、前から5番目の銀歯をセラミックに変えたいと思った。ニコッと笑うとギラリと光るのが嫌だったからである。子どものころから虫歯だらけで、奥歯はほとんど銀の冠を被っている。   いつかは、とねらっていたのだ。
 前にも書いたかな。小4の時、小児科に入院中に虫歯がうずいて歯科で治療することになった。私はイヤだイヤだとワンワン泣いていた。治療台に乗っても、大泣きに泣いていたのだろう。歯医者さんは匙を投げたか本気で怒ったのか、そんなに泣くなら(治療は)しなくていい、と怒鳴って帰ってしまい、病室に追い返された。親にぶたれたこともなく育っていたが、大人は子供に本気で怒っていいんである。
そのとき、生まれて初めて、自分の甘えが自分を不幸にするのを知った。(だって、虫歯はずっと痛いままなのだ)
 話を戻そう。今の私の主治医の話である。治療ついでにセラミックに変えたいが、と話してみた。
先生は歯をよく見て、これはどうかなあ、と。
あ、二本の歯にまたがってますか? それもそうなんだけどね。保険のきかない高い歯にしても「費用対効果」がねえ。セラミックはあまり丈夫じゃないのですよ。10年20年、もつならいいが、3年で欠けるかもしれない。そうすると、今のままのほうがねえ、と。
ちかくの歯医者なら、同じ条件の歯も保険のきかない高価なセラミックを勧めたぞ。私はもちろん、保険適用を選んだけどね。
よくよくよくのない先生です。



7月某日 いいまちがえ
 ほら、水泳と自転車とマラソンをする競技、ええーと、「バイアスロン」だったっけ?
「トライアスロン」でしょ! と若い衆からつっこみが入る。そうそう、それよ。マラソン好きの甥っ子がはじめるってね・・・・。
 祖母がビーチセンターをピーチセンターというたびに、「おばあちゃん、ビーチセンターでしょ!」とコレクションを入れてた若かった私。明治生まれ・小学校卒・英語教育なしの祖母には、海辺だろうが桃だろうが、意味なんかわからなかったはず。
私もその世界に足を突っ込んでいる。蓄えたはずの知識もボロボロ消えていく。
老人が寡黙になるのは、人の名前も物も名前も、とっさに出てこなくなるからである。私は老人。対面で会話をしていると、とっさに適切な言葉が出てこなくて困ることも多々あり。字を書いていると漢字が思い起こせなかったり。



7月某日 記憶をメモ
 私の母はメモ魔だった。晩年ベッドに寝たきりになっても、チラシの裏やら、紙にきれっぱしに、あらゆることを書いていた。テレビ料理のレシピ、買物予定だったり、天気だったり、体温だったり便通だったり。思ったことや感じたこと。
さいきんの私も、そんなことをしてる。(ここだって、そういう類、自分の記憶のメモ)書き残さなければ、すぐ消えてしまう記憶。消える自分が悲しくて残す。誰の役にも立たなくても。
 チャタテムシ、クドア・・・って、なんだったっけ?メモを見て悩む私である。
 スマホがあって(漢字字引で百科事典のスマホがあって)、外聞を保っている。



「銀行」シリーズ、遡って書いてます。7月はじめから見てね。

7月某日 銀行ネタ またまた
 口座を開いた銀行で、やっぱり定期に入れた。母の入退院の頃葬式の頃、何があるかわからないからと、すべて普通預金にしていた。いつもまさかに備えていたが、そのときはそのとき。このトンチンカンな私がまた失態をしないために降ろしにくい定期にしておいたほうが間違いがないか、と、考えた。
考えてから動くのに、よっこらしょ、何日かかかった。小賢しかったかな。
せっかくなので、先日の窓口嬢(テラーさん)に、たのんだ。
 まだ、表通りの植え込みは雑草だらけだった。表通りの雑草は、まだ生い茂ってる。商店だったら店先の草取りくらいはするのになあ。
 店頭にあったアンケート用紙に、行員の対応ーよかった。清掃ー内は○、外は×。と、しっかり書き込んでポストに投函した。



7月某日 銀行ネタ また
 というわけで、ネットに関係ない口座を作ることにした。
と書いているが銀行ネタは先月までの話である。先般の大間違いをする前から、一番近い銀行に口座を移そうかとは考えていた。
これ以上、足が悪くなったり頭が悪くなって車がつかえなくなったら、歩いて(?)行けるところがいいわけで、ゆるゆる歩いて8分くらいのところに、そのO銀行支店はある。他は歩いて20分以上かかる。車で行くのもいつも渋っている。(この考えも変だね。書いていて気がつくわ。)
 そこは、一番小規模な地銀で、間口も小さい。春先から、迷っていたのは、駐車場、そのわきの花壇が、ずっと雑草だらけでほったらかしなんである。いくら、外商のほうが大事とはいえ、これはひどい、つぶれるんじゃないか近々?と怪しんでいたんである。もちろん大通りに面した表口の(ここは市道の管轄範囲なんだろうが)歩道も、植え込みも雑草だらけなのだ。清掃業者の入っていないような銀行なんだろうか。行員を使ってでも清掃作業をしてもいいんじゃないか。税金の払い込みや両替に行くたびに眺めていた。
  それが、先月のこと、裏の花壇に、一株150円くらいだろうが、花苗がいくつか植えられて、やっと花壇の体裁ができてきた。それで、ここに口座を開いた。(大げさに言うけど、預金額はいくらでもないんであるよ)

 窓口のテラーさんは、いまどき、まれな爽やかなお嬢さんだった。薄化粧で、小柄で、」感じがいい。花咲舞より美人だ。(大きな銀行の女性ほど、すましかえっているような気がする。)
新規の手続きをするときに、夏だけ利子が3倍になる定期預金のキャンペーンの紹介をした。3倍といったって、今は定期預金の利子は、どんどん下がっていて0.025%。それが3倍になっても0.075%。う~ん、悲しいね。今は利子から20%税金を取られるんだよね。利子で暮らせる世の中でない、というか、そんな財産もない。御嬢さんにノルマがあるんだろうが、考えておきますといって帰った。
 


7月某日 振込詐欺
 「振り込め詐欺」でなく「振り込む詐欺」。
これはネットバンキングで、ダイレクト送金した時のこと。寝込んでいて茫洋とした頭でパソコンを打っていたせいか!?振り込む金額を、一ケタまちがえて、多く、送ってしまったのだ。ボーっとしながらも、残高を確認してハッと目が覚めた。
送られたほうもびっくりしただろう。援助を頼まれた家人の代理で送ったので、多額の送金に喜んだかもしれない。しかし、なけなしの私名義預金なので、予定より多かった分は返してもらった。すんなり返してもらえてホッとした。糠喜びをさせてもうしわけない。
 簡単に送金できるのは考え物だ。これでまったく自分自身を信用できなくなった。
サイバーウイルスに金を盗まれる可能性のみならず、自分が不用意にばらまくかもしれない。

というわけで、ネットバンキング口座の残高は少なくし、通帳・印鑑だけの銀行口座にお金は移すことにしようと考えた、もっと呆けた「私」から、守るために。 



7月某日 銀行振込
 何だったかの代金を振り込まなくちゃ、と銀行へ行った。忘れないようにスマホのメモ機能に口座番号をメモしていった。口座番号だけを。けれど、ATMの前で、その金額が思い出せない。指示のある請求書を忘れて行ったので、払い込めない。いくらだったかわからない。出直した。ふ~。
物忘れ外来へ行こうか。



7月某日 曽野綾子にもの申す
「シワとシミは痛くない」と 家庭画報に書いておられるが、痛いのですよ、しわの出来かけは。お太りになっていた頃にシワができたので、気にならなかったのでしょうね。
2か月ぶりの美容院で、じっくり夫婦随筆を読んでいたら、だんなさんは周囲の友人が物故したり白髪だハゲだと歳を重ねる悲哀も書いているが、綾子さんはめげてない。近年まで日本財団の金を配るお仕事をしていたし今も執筆、言いたい放題をしているから、気は元気。言いたい放題が若さの源、とみた。
 退院後初の美容院。白髪が3センチも伸びていた。こんなグータラに暮らしているのに髪は伸びるのねぇと、ぼやいていたら「苦髪楽爪(くがみらくづめ」)ということわざを教えてもらった。髪は苦しい時に伸び、爪は楽をしていると伸びる、というそうな。おや、吾輩は爪も伸びとるぞ。
仕事はしてないで食わせてもらっているんだから、これも「楽」のうちかな。



7月某日 夏だから
 青と紫の庭に作リ変えようとしてます。作ろうとしています。
ところが昨年10月に植えたパンジーたちが、まだ、しぶとく生きているのです。移植して山の上に追いやった橙色も、植えっぱなしの黄色も。
茎はひょろひょろ。花も小さくなっている。でも、生きよう生きようとしている。
 美しい庭つくりに憐憫は禁物なのですが、春一番に芽を出す青草ーツクシすぎなハルジョオンーを引っこ抜けない心理状態ですな。



7月某日 近況
 あれから皮膚科へ飛んでいった。「刺虫症の疑い」とカルテにかかれ、最強のステロイド剤がでて、ケロッと治った。と思ったら、また飛んで紅いポチができたり。。
毒蛾が柏崎で大発生の新聞記事。そう、そんな黄色の蛾を追い払ったわ、先日。これは死骸も羽も卵も毒があるとか。大いに気を付けよう。
 婦長さんが、薬の塗り方をていねいに指導してくれて、正方形の不織布製の包帯を付けてくれた。支払い明細を見ると薬剤指導が点数になっている。なるほど。

犬の目ヤニも気になっていたが、おっくうで行けなかった獣医にも、この勢いで行った。わが身がよれよれしてると犬に優しく世話をする気持ちがなくなる。ブラッシングも、まめでなかったし、足の湿疹が治らないのは、洗わない薬を付けない飼い主の怠慢である。

空が青いと気分がいい。庭に出たくなって草いじりをする。
空が曇っていると、気分が沈んで、どっちみち、家の中の片付けは、してないねえ。